第16話 行きつけの店と店主と、その孫

 ルークたちとの打ち合わせを終えて、冒険者ギルドから出た直後。

 ふよふよと、リタがピーターにくっついた状態で尋ねる。



「このあとは、なにしにいくの?」

「そうだね、とりあえず明日に備えてポーションを買おうかな、と思って。あと、当たり前だけどメーアにも会うよ」

「やったー!」


 

 友人であるメーアと会えるからか、

 そんな会話をしながらピーターはリタとともに歩いていた。



 ◇◆◇



 冒険者ギルドは、アルティオスの中央に位置している。

 これは、アルティオス唯一の神秘ダンジョンの傍にあることが理由でもある。

 むしろ、そんな神秘ダンジョンがあるから、ここに都市が造られ、周囲に村が設けられたともいう。

 そんな冒険者ギルドの傍に街道がある。

 通称、中央通りと呼ばれる、門と冒険者ギルドをつなぐ最も太い道。

 中央通りには、様々な店がある。

 武器・防具店、冒険者が宿泊するための豪勢な宿屋、食料品売り場などがある。

 ここだけで、冒険者には必要なものがそろう。

 さらには、治療用の教会や、騎士団詰め所も近くにある。

 ピーターは、教会や、騎士団詰め所を通らないようにしながら、街道を抜けて、裏道に入る。

 通称二番街と呼ばれる、中央通りより一段人気の落ちる店の集合体。



「あ、ピーターさん、久しぶり!」



 快活な声とともに振り向いたのは一人の少女。

 浅黒い肌と、短く切りそろえられた黒色の髪。

 年齢自体は今年で十四歳のはずだが、背が低いことに加え、ふるまいがより幼く見せる。

 彼女の巨大な胸部装甲だけは幼さとは無縁だったが、幸か不幸か少なくともピーターの視線はそこには向いていなかった。

 というか、ピーターの注目は彼女ではなく別の人物と、その人が扱う商品に向いていた。



「久しぶりですね、メーアさん。ヴァッサーさんいます?」

「めーあ、ひさしぶり!」

「うん、久しぶりだねリタちゃん。あ、はい、いますよ!おばあちゃーん!ピーターさんが来た!」

「はいよ、お久しぶりだねえ、今日は買いに来たのかい?」



 メーアに呼ばれて一人の老婆が姿を現した。

 


「お久しぶりです。ヴァッサーさん。今日は中級のHP回復ポーションを、二百本ほど買いに来ました」

「おばあちゃん、ひさしぶり!」



 メーアと同じく浅黒い肌に、白い髪の老婆。

 顔中に深いしわが刻まれているさまは年齢を感じさせる。

 ただ、背筋はしゃんと伸びているので実際よりも若く見える。

 ヴァッサーは優秀な【高位薬師】であり、この迷宮都市きってのポーション職人である。

 メーアも〈薬師〉ではあるが、まだ彼女の領域には達してはいない。



 どうも、先日届けたのも彼女たちの作ったポーションだったらしい。

 らしい、というのは確認したわけではないから。

 少なくとも、村の人は満足していたようなので問題はない。



 村の外に出るにも勇気がいる。

 〈農家〉のスキルには、モンスター除けのスキルもあるが、それはあくまで農地に働きかける類のものであり、村の外へは効果を発揮しない。

 非戦闘員が村の外へ出るのは難しいが、それでは流通がままならない。

 当然、行商人がカモにしてやろうと狙うのは目に見えている。

 道中モンスターに襲われる可能性もあるがそれを差し引いても、メリットが大きい賭けではある。

 そこで目を付けたのが、冒険者ギルド。

 村からの依頼で、物資を送り届けるというクエストを、公正な値段で普及させた。

 それだと商人が行き場を失っているしまうので、生活必需品に限定されているらしいが、まあそんなことは一冒険者であるピーターには関係ない。

 冒険者ギルドのクエストをこなすだけだ。

 村への配慮など知ったことではなかった。

 ちなみに、戦闘力はハルがいれば十分に事足りる。

 危険なのは、村の近くを通る時ぐらいだ。

 ハルを村人に見られてしまうと、パニックになりかねなかったからハルを【霊安室】に収納せざるを得なかったのである。



「あらあらリタちゃんもピーターちゃんもありがとうね」



 彼女たちにとって、ピーターは大口の顧客だ。

 薬効による回復効果をもたらすポーション。

 需要は一定数あり、迷宮都市アルティオスをはじめ、その周辺の村にも顧客がいる。

 だが、冒険者の間ではあまり流行っていない。

 それこそ、個人で利用している冒険者はピーターくらいのものだ。

 いくつか、ポーションには大きな欠点があるからである。

 一つには治癒効果の弱さ。

 まず回復作用で教会が売る聖水に劣る。基本的にポーションは飲むことで、あるいはかけることで人の治癒力を引き上げる。

 つまり、欠損部位など、人間の限界を超えた傷は治すことができない。

 逆に、回復魔法や、それを水に注ぎ込むことで作られる聖水は、高品質なものであれば欠損部位なども回復できてしまう。

 


 二つ目は、限界。

 治癒限界と呼ばれる制限がある。

 回復魔法や回復作用のある聖水とは違い、治癒力を引き上げることで体力や魔力を回復する。

 それゆえに治癒効果はあ、る程度服用においてインターバルを空けなければ減衰していく。

 大量に摂取すれば、過剰摂取でかえって毒になり、肉体がダメージを受けることもある。

 対して聖属性魔法である回復魔法やそれによる聖水はそういったデメリットはない。



 それらの事情から、冒険者にはポーションは不人気だ。



 最も、回復魔法を使える職業の人間……聖職者は限られるうえに、彼らが作る聖水もポーションに比べればかなり割高である。

 加えて、聖属性魔法に分類される回復魔法や蘇生魔法は、傷を負った直後でないとその効果を十全に発揮せず、時間経過に対して指数関数的にその効果が減じていく。

 回復魔法はケガを負って一時間もすればほとんど回復しなくなるし、HPがゼロになった生物を生き返らせる蘇生魔法に至っては、死後一分もすればほぼ完全に効果がなくなる。

 そのため、病気の治療にも回復魔法はほとんど使われない。

 発症を確認した時には、すでに潜伏期間も含めてカウントされるため、回復魔法が効かなくなっていることも多いのだ。

 そのため、普通の人ならばポーションを使うことが多い。

 ただし、命がいくつあっても足りない冒険者には需要がないため、基本的に教会で聖水を購入することが多い。

 そのため、冒険者の中でも、わざわざポーションを買うのはピーターくらいの者である。

 ギフトの効果で回復魔法も聖水も効かないのでそれ以外に手段がないのである。

 ヴァッサーにしてみれば大口の顧客なので、助かっているのだった。



「もう行っちゃうんですか、少しお話していっても」

「いえ、長居するのも申し訳ないので」



 確かに顔なじみではあるが、あくまで商談がメイン。

 ピーターにしてみれば仕事中の人を邪魔する道理がないし、そうまでして話したいとは思わなかった。

 しかし。



「えー、わたし、めーあとおはなししたい!」

「すいません、ヴァッサーさん、もう少しここにいてもよろしいですか?」



 リタに言われてすぐさま前言撤回。

 ピーターになくともリタに話す理由があるならそれを遮るなど言語道断だ。

 あまりに鮮やかな手のひら返しだがさもありなん。

 ぴーたにとって、リタの意見以上に重要なものもない。

 とはいえ、そういう言動はピーターにはよくあることなので誰も特に突っ込まない。



「ああ、構わないよ。奥で話せばいい。メーア、この際あんたは休憩しな」

「うん、わかった!ピーターさん、リタちゃん、お話ししましょう!」

「やったー」

「ありがとうございます。……あと、すいません」

「いいのさ、ちょうど休憩してもらおうかと思ってたところだし、メーアもあんたらと話したかっただろうからね。……心配してたみたいだし」

「あ」



 言われて納得する。

 特に、クエストに行くことを説明していなかったからだ。

 ここをしばらく離れていたのは、クエストによるものである。

 その帰りにこうして立ち寄ったのだが、なるほど心配されても無理はない。

 冒険者はいつ死んでもおかしくない。

 昨日あったばかりの人が今日死んでいても何ら不思議のない危険と隣り合わせの、否、危険と同居している職業、それこそが冒険者だ。

 クエストとはいえ、ひと月も会っていないのならばそれは心配もするだろう。

 申し訳ないことをした、せめて帰ってきた当日に、手紙でも出しておくべきだったかと反省する。



「すみません」

「いいよいいよ。謝罪なら、あっちでやってきな」

「はい、ありがとうございます」

「ぴーたー、早く行こう!」

「わかった!すぐ行くよ!」



 ピーターは慌てて裏に回った。



「心配させてしまったみたいですみません」

「はい、今度から行くときはちゃんと事前に言ってくださいね」



 まあ、冒険者ギルドでクエストででかけているのだときくこと自体はききましたけど、とメーアは補足する。



「本当にご心配おかけしました」

「もう大丈夫ですから。それよりも本当に無事でよかったです。リタちゃんも、ハルちゃんも、ピーターさんも」

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