第12話 それが一人と一つと一頭のはじまり

「契約?人の小僧が、我と取引をするというのか?人間ごときが竜と?」

「はい。応じていただければ、あなたの子供は助かるでしょう」

「……内容を聞こうか」



 やはり、とピーターは思う。

 子供のこととなると態度が軟化する。

 あるいは、今の今までピーターの首がつながっているのも、子供を守ることに専念しているが故かもしれない。

 攻勢に出ることで、できる隙を懸念して攻撃してこないというのなら、筋が通る。



「私と契約してください、ハルバート・ドラゴンスケルトンさん」

「契約?ああ、テイムという奴か」

「少し違います。テイムは、【テイム】のスキルで主従関係を強いるもので、契約は、対等な関係を前提としたものです」

「それがなんだというのだ。言葉を少し変えたにすぎぬではないか」



 露骨に警戒している。

 無理もないな、とピーターは思う。

 そもそもこうしてアンデッドとの会話が成立していること自体、ピーターの経験から考えれば極めてまれだ。

 大半は、それこそ知性が低く会話にならないか、あっても非常に好戦的で襲ってくるのでこれも会話にならない。

 例外が、今隣にいるリタと、目の前にいるドラゴンスケルトンなのだ。

人とモンスターは、本質的に相いれないのだ。

モンスターはヒトを襲い、人は生き残るためにモンスターと戦う。

逆もまたしかりであり、そうして世界が回っている以上警戒し、警戒されるのは至極当然。

それでも警戒程度で済んでいるのは、子供の命をかけがえのないものとしてみているからだろう。

ピーターにそれができるかは別として、彼女は隙を突かれて子供を攻撃されることを危惧している。

だから、一瞬で間合いを詰めて首をはねればいいはずなのに、踏みつぶせばいいだけなのにそれができない。

 それが、アンデッドというものの生まれて理由にして本質が未練・・だからだ。

リタが家族を待ち望み、家から離れずアンデッドとなったように、自然界のアンデッドは死の間際まで執着するものがあるから、その未練を、怨念を核としてできる。

このドラゴンスケルトンの場合もそうだ。

彼女が卵を産んだ時、まだ彼女は生きていたはずだ。しかし何らかの事情で彼女は死に、子供達だけが残されたのだ。

そして、子供への未練と執着を核として、一体のドラゴンスケルトンとなったのだろう。

彼女にとっては、自身の子供を守ることだけが存在意義であり、生まれた理由なのだ。

 だから、ピーターは今ここで頼むしかないのだ。

 この千載一遇のチャンスを逃せば、自分の望むものが手に入らないと考えているから。

 そして手にできなければ、自分の願った未来が叶わないと確信しているから。



「契約の対価は、あなたの子供たちの病気の治療です」

「なんだと?」

「もし、信じられないのでしたら、その尾にある刃で私の首を跳ね飛ばしてください」

「ぴーたー!」

 リタが叫ぶが、大丈夫だよ、と念話で呼びかけて制する。

 ピーターには、このドラゴンスケルトンは自分を殺せないという確信があった。

 子を思う母なら、子供の体調の異変に気付いていなかったはずはない。

 そして気づいている以上、自分だけではどうにもならないとも気づいていたはずだ。

 だから、耳を傾けざるを得ない。

 彼女は、しばし目をしばたたきーー眼球はないが、眼窩の赤い光が点滅して――。

 

「問おう、人よ。貴方の願いは、何だ?」



 交渉に対する回答ではなく、疑問を投げかけた。

 竜の成れの果てが、赤い眼光でこちらを睨んでいる。

 ピーターは、ちらとだけおびえるリタの顔を見て、「大丈夫だよ」と念話を送り、頭をなでる。

 ピーターは触れられなくても、リタは触れることができるから。

 ピーターは正面に向きなおり、竜骨から目をそらさず、己の信念と願いを口にする。

 初めて口に出したのは、隣にいるパートナーに対して。

 それからも、これまで何度も己を支えた思い。

 今では、己の存在意義であり指針となった言葉を告げる。



「大切な家族と、永遠に共にあることです」

「……は」



 ドラゴンスケルトンは固まった。

 それほどまでに彼の願いは普遍的で、漠然としていて、馬鹿馬鹿しくて。

されど愚直で一途な……どこかのアンデッドが持つものと全く同じ願いだった。



「私は、リタとずっと一緒にいたい。私が終わるまで、リタを失いたくないし、リタを遺していくのも耐えられない」

「その願いを叶えるために、家族を守るために、力が欲しい。あなたの力が、私たちには必要なのです」

「……そうか」

 赤い眼光を二三度瞬かせたドラゴン・スケルトンは考える。

「完全に信用は、できかねる」

「…………」



 それは当然の反応であり正論だ。

 目の前のアンデッドにはピーターの言葉の真偽を判断するすべがないのだから。

 しかしそれでも。



「貴殿の誠実さと、家族への思いにかけよう。契約に同意する」

「……ありがとうございます」



 家族のためにという、彼の言葉をーー自分も願ったことを疑いたくなかったから。

 そうして、彼とハルバード・ドラゴンスケルトンーーハルとピーターは契約を交わした。

なお、リタは「かぞくがふえるの!やったー!」と喜んでおり、それをピーターは非常に気持ち悪い笑みを浮かべて眺めていた。

 その後、ピーターはドラゴンの治療費のために借金をし、返済のための資金繰りに明け暮れることになるのだが、それはまた別の話である。

 なお、子ドラゴンはすべてギルドマスターであるアランとアウファが引き取った。


 彼らは新たな里親である彼女たちのもとで、一頭も欠けることなく順調にすくすくと育っているということは、明言しておこう。

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