第11話 少年と少女、または母親
その日は確か、ひどく寒い冬だったとピーターは記憶している。
十二歳になり、すでにピーターは冒険者として活動していた。
冒険者にとって、冬は嫌な季節だ。
ワーム系や魔獣系などといった多くのモンスターが活動しなくなり、当然冒険者へ回されるクエストも減ってしまう。
さらに言えば、雪によって移動はしづらくなるうえに、視界も聞かなくなる。
凍結対策専用の防具が必要になるから、仕事をしようにも、さほどもうからない。
いくら外界の環境に左右されないダンジョンがあるが、そもそもダンジョンは気軽に入れる場所でもない。
それはピーターも例外ではなく、むしろ未熟者故未だダンジョンに入ることさえ許可されていないピーターにとっては他の冒険者以上により一層深刻な問題である。
しかし、そんな逆風吹きすさぶ季節でありながら、ピーター個人に限って言えば、彼は決して冬が嫌いではない。
なぜかといえば、彼にとって冬は出会いの季節だからだ。
冬は彼とリタが出会った季節だから。ピーター・ハンバートという人間が誕生した時のことをありありと思い出させてくれるから、冬という季節そのものは嫌いではない。
ピーターの場合実家を追い出された、つまりは人生最大のトラウマを背負ったのも冬なのだが、彼はそのことについては考えてもつらいだけなので考えない。
というか、考えないようにしているというべきか。
ただ先述の通り、冬という季節にはデメリットも多くある。
その一つが、植物もとい採集だ。
ポーションなどに使われる薬草などの植物系アイテムは基本的に都市外部での採取で手に入る。
無論人工的に栽培されているものも多いが、そうでないものもまた多く存在する。
野生以外で生育できない、あるいはコストパフォーマンスの問題で生産する意味がないなどの理由からだ。
〈農家〉などが持つ栽培促進系のスキルも、決して万能ではないのだ。
そんなわけで、基本的に採取系のクエストは基本的に他所の増減はあれ、需要がなくなることはまずない。
まして冬は病気にかかりやすく、むしろ需要は増している。
二人(?)だけで外を出歩くのは危険だ。
まして、この時のピーターは戦闘能力が限りなくゼロに近い。
霊体のリタの透過能力や浮遊能力を活用して斥候役を任せながら安全なルートを進んでいるが、それでもリスクがないとは決して言いきれない。
飢えたモンスターに襲われるリスク。
装備や所持金を奪うために、或いはこちらがそうしてくると誤解されて冒険者に襲われるリスク。
同じく強盗目的、或いは人さらいのために食い詰めて落ちぶれた野盗に襲われるリスクなど、様々だ。
加えてピーターは戦闘能力はおろか、身体能力すらほぼない。
レベルアップで向上するのもHPとMPのみであり、瞬発力や筋力、肉体の強度はレベルゼロの人間と大差ない。
今までやってきた冒険者としての仕事も採取、探し物、或いは冒険者ギルド内での清掃など直接戦闘能力を要求されないものだけだった。
最も、駆け出しでパーティすら組めていない者には珍しくもない。
冒険者ギルドへの依頼は基本的にパーティを組んでいることが前提の依頼が多い。
基本的に一人で処理できないものが多く、だから冒険者はパーティを組むのだ。
加えて、お互いの弱点を補いあうことができるというのも大きい。
安定感が生まれるから、パーティを組んでいる者には仕事を任せやすいのだ。
余談だが、冒険者ギルドもパーティーを組ませるために新入り同士でパーティを組ませたりする。
その方が冒険者が育ちやすいと知っているからだ。
「リタ?そっちはどう?」
「いないよ!」
「あまり離れないでね、危ないから」
二人が離れるのは、お互いどちらの命にとっても危険だ。
ピーターにとっては、自身を守る存在がいなくなる。というか彼に限らずモンスターの存在を前提とするジョブは、モンスターが離れると何もできなくなる。
リタにしても、あまりピーターから離れると、野良のモンスターだと認識されて冒険者に襲われかねない。
この場合、攻撃した冒険者側にピーターへの悪意がなければペナルティは発生しない。
アンデッドへの一般的な心象も悪いのでなおさらだ。
ピーターにとってはどちらもごめんだった。
自分がリタより先に死ぬのも、リタが自分より先に逝くのもごめんだった。
さて、基本的にはピーターが薬草を積み、リタが見回りをする。
実現可能な最適解ではある。
しかし、完ぺきではない。
例えばだが、地に伏したモンスターがいれば、発見は困難であり、それが凶暴なモンスターであれば、まず命はない。
今まで、そんなことは起こらなかったが、いつそんな事態になってもおかしくなかった。
「人間、と、アンデッドか」
――そして今日何かが、起き上がる音がした。
「何者だ?」
何かは、そう問いかけた。
それは端的に言えば、地竜――の骨格。
四本のがっしりした足でその体を支え。
背骨からは何枚もひし形の板が生えており。
背骨の先から生えている尾の先端には、両刃の斧槍のごとく、一本の棘と二本の斧刃がついていた。
しかし、それだけだ。
地竜になら、生物ならば当然あってしかるべき体を支え動かす肉も、あらゆる攻撃を減衰する竜鱗も、状況を把握するための眼球といった感覚器官などもない。
「……ハルバード・ドラゴンスケルトン」
空洞であるべき眼窩には、赤い光がひとつずつ瞬いており、胸部にもひときわ大きい赤い光――恐らくはコアだろう――がある。
ドラゴンスケルトンは、動こうとしない。
ピーター達は、相手にとってははるか格下だ。
何しろ竜は、最低でも分隊級――下級職1パーティーで挑む相手とされる。
単純に考えて戦闘力はピーターの数倍。
厳密には竜ではないが、死後アンデッドになっても彼らは格が落ちるわけでもない。
こちらを刺激しても、何ら恐れることはないはずだ。
なぜ、と考えて気づく。
ドラゴンスケルトンの足元にいる、生き物に。
四匹いる小さな動物。
うろこに覆われた、体長は五十センチ程度。
ハルバード・ドラゴン、その子供たちだ。
ただしこの子たちはスケルトンではなく、正真正銘生きたドラゴンである。
ピーターは、なぜドラゴンスケルトンが動かないのかを理解する。
ピーター達、つまりは人間やほかのモンスターから、子供を守るためだ。
この怪物がその気になれば一瞬でピーターを殺せるだろう。
しかし、その一瞬で子供だけでもと殺されるかもしれない。彼女にとって、それだけは避けねばならない事態だ。
ピーターに子供を殺すような力はないが、【鑑定】を使えないドラゴンスケルトンにとって、ピーターたち人間は手の内のわからないびっくり箱に等しい。
何をしてくるのか分かったものではない。
あるいは自身が動いた余波で、子供が傷つくことを懸念しているのか。
しかし、当然といえば当然の状況で一瞬気づけなかったのは、その子供たちの外見からだった。
全身の皮膚が、赤く爛れており、げっそりとやつれている。
今にも、死んでしまいそうだ。
「その子たち、病気ですね。そのままだと長くはもたないでしょう」
「……わかるのか?」
「冒険者の基本として、魔物の生態を知っておくのは当然ですから」
冒険者はギルドなの図書館を利用することができ、そこには魔物についてもかかれている。
彼の目的から、魔物についての本はかなり詳しく読み込んでいた。
もっとも、彼の興味はほとんどアンデッドに関するものだったが。
正直に言えば、知識以前に、見た目で病魔に侵されていることや、もう長くないということは素人目にもわかる。
まともに動けていないのだろう、やせ細っている。ひょっとすると、食事をすることもままならないのかもしれない。
目の前のスケルトンにも、その程度のことはわかるはずだ。
子供たちのことを何より見てきたのは彼女なのだから。
そうであるから、そうであるなら。
まだ、交渉の余地がある。
「ハルバード・ドラゴンスケルトンさん」
ピーターは、相手の目を見据えた。
ただし、そこにはモンスターに対しての、敵意はなく。
「私と、契約をしてくれませんか?」
交渉相手で、仲間になるかもしれない存在として、彼女を見据えて。
ピーターは、交渉を唐突に切り出した。
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