第10話 地竜と竜師、そして竜骨
言語。
それは、人が人らしくあるためのツールであり、人間にとってはなくてはならないものである。
人は、言語を通して人と情報をやり取りし、心を通わせあうことができる。
恋人や配偶者に、惜しみない愛情を。
取引相手に、優雅活冷徹な交渉を。
傷つき、疲れ果てた家族や友人を慰めるために、ねぎらいの言葉を。
〈吟遊詩人〉や〈歌手〉は、歌を歌って人の心を豊かにする。
賢人は書物をつづることで、数百年作の未来まで知識を継承し、世の中をよくしてきた。
人が社会の中で生きていくうえで、言語は、言葉は、必要不可欠だ。
余談ではあるが、職業のスキルを使う際に、発声が発動条件のものは非常に多い。
そういう意味でも、言語は人にとってなくてはならないものである。
しかし、だ。
人にとって言語が重要なファクターだったとしても。
それは何も、人特有のものとは限らない。
人が、言語で心を通わせあうからと言って、それ以外の生物が言語で意思疎通をしていないとは言い切れないのだから。
現に、それは今この場でも行われていることだった。
「ハルルルルルルル!」
「ハルル」
「ハルルルルルルル!」
「ハル?」
「ハルルルル……」
四体の地竜と、一体のドラゴンスケルトン。
それらが、竜の言語を発して会話している。
地竜はいずれも、ドラゴンスケルトンよりは小さい。
まだ成体になり切れていないらしい。
まだ生まれて十年とたっていないので無理もないが。
見た目こそ違うが、彼等の様子を見れば、親子間の愛情があることは言うまでもないだろう。
彼らは、胴体をこすり合わせたり(若干一頭肋骨しかないものがいるが)、背中の板をがしゃがしゃと鳴らしたり、楽しそうに鳴き声をあげたりして親愛を示しあっている。
「良かった。あの子たちも喜んでいますわ」
「そうなんだ!」
「そういえば、ラーファさんは【魔物言語理解】を習得されてましたっけ」
「ピーターはハルさんの言葉はわからないんでして?」
「竜語で話されるとわからないですね……別に親子の会話に割ってはいる気もありませんが」
「でもよろこんでるのはわかるよ!たのしそう!」
「そうだね、リタ。親子で仲がいいのはいいことだね」
ピーターは、穏やかな目でゆっくりと周囲を見渡す。
複数の地竜が歩き回っても問題のないほどの、異常に広大な庭。
草花と木々とで構成されたその庭の中心には、パラソルと白く丸いテーブルがあり、それを囲むようにいくつかの椅子が並んでいる。
そして、その椅子には二人の人物が腰かけていた。
一人は、深緑の髪に、魔法職らしい黒いローブを羽織った青年、ピーター・ハンバート。
もう一人は、ここに住まう、銀髪と緑の目を持った少女、ラーファ・ホルダー。
「こうして、お茶を飲むのは二か月ぶり、ですね」
「すみません、ろくに連絡もせずに、心配をおかけしました」
「いえいえ、仕事でお忙しかったのはわかっていますから」
「おいしいよ!このおかしとじゅーす!」
リタは椅子に座らず、ふわふわと浮いたまま彼女の分として取り分けられた皿のお菓子に顔を突っ込んでいる。
ゴーストの前に食べ物を取り分けて置いているので、一見するとお供え物のようにも見える。
「それはよかった。ピーターさん、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとございます、とてもおいしいですよ」
ピーターは甘いものには手を付けず、紅茶だけを飲んでいる。
ピーター、実は甘いものが苦手である。
しかし、彼が苦手であってもリタは好きなのである。
それ故に、カフェなどで定期的に甘いものを頼むのだが、リタは消化器官がない。
当然別の誰かが処理しなくてはならない。
だから普段はピーターが食べているのだが、そのあたりを理解しているアウラの前ではそう言ったことをする必要性はない。
なお、ラーファはピーターがリタの食べ残しを食べるもう一つの理由――彼自身の性的嗜好までは理解できない、する気がないのでピーターにはリタの食べ残し(全部)を食べさせるつもりはない。
彼女はピーターを心から友人だと思っているが……それとこれとは別の話である。
「らーふぁ、なにかいいことあった?」
甘いものに舌鼓を打ちながら、リタがたずねる。
「わかりまして?」
「え、そうなんですか?」
「うん、そんなきがする」
「実は先日、〈竜師〉へと転職しまして」
「ああ……」
言われてピーターは思い出す。
〈従魔師〉はいくつかの上級職に派生しており、〈竜師〉はドラゴンの扱いに特化した上級職だったはずだ。
一定数以上ドラゴンを使役することや、使役化にあるドラゴンのステータスの合計値が一定以上に達することなどが条件だと、ピーターはアウファ自身から何度か聞かされている。
確か残りは配下にしているドラゴンのステータス合計が一定以上という条件のみだったはずだが、ピーターがアルティオスから離れている間に、達成し転職したということだろう。
「良かったですね。ずっと目指されていましたから」
「ありがとうございます。ピーターのおかげでしてよ」
「いえ、ラーファさんとあの子たちの努力あってのことでしょう」
彼女に対して、素直にピーターは称賛した。
先を越されたことに対して、特に思うところもない。
……あまりに多くの人物に先を越され過ぎて、最早思うことなどなくなっている。
そもそも、彼にとって彼女は似たような職業ということもあり、シンパシーを感じている。
彼女の配下を考えれば、〈竜師〉を目指すのは当然の話だと思っていた。
アウファの配下は、すべてドラゴンなのだから。
そしてそのうちの大半は、ピーターが与えたものだ。
厳密には彼の手には余るので、引き取ってもらったというほうが正しいだろうか。
ピーターは、アウファの配下……ハルの子供たちのことを思い出していた。
すなわち、ピーターとハルが初めて出会った日のことを。
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