第9話 友人との再会はいつだって楽しみ

 更にアンデッドを殺すには聖属性魔法で浄化して消し飛ばすか、炎熱攻撃で焼き尽くすかというのが主流だ。

 つまり、死んだ後何も残さないのである。

 大半のモンスターは死んだあと何かしらを残す。

 毛皮であったり、肉であったり、骨であったりといろいろだ。

 そういったものを売ったりするのも冒険者の仕事だったりするし、冒険者ギルドが良心的な値段で買い取ってくれたりもする。

 だがアンデッドは違う。

 腐肉であったり燃えカスであったり、灰であったりと死ぬときは基本的にまともな素材が手に入らないことが大半だ。

 当然、仮に倒したとしても得るものがほとんどない。

 実力差以前に、戦うことそのものが悪手のような相手なのだ。

 まあ、聖属性魔法攻撃や日光、炎など、弱点をかなり抱えているのでそれさえあれば対処は簡単ではあるのだけれど。

 あいにく、グリーンウルフにそれはない。

 アンデッド相手ならそういった特殊な攻撃手段を持たない普通のモンスターは逃げを選ぶ。

 そうして、あんな人里近くまで逃げることになったのかもしれない。



「しかし、もし強力なアンデッドがいたらどうされるのですか?」

「もちろん逃げる」



 あっさりとそう答えた。



「別に、調査が目的であって討伐じゃないから、逃げるのが前提だよ。極論、組まされる他の人間をおとりにしてハルに乗って逃げればいい」

「…………」



 基本的にアンデッドは生物を襲う。

 それは死体を、ひいては仲間を増やすためだとも、危険を排除するためとも、あるいは生物の発する負の感情に引き寄せられてるからだともいわれる。

 実際のところは、どれも正解であると、ピーターはハルやリタをはじめとしたアンデッドとのかかわりの中で理解している。

 もう一つピーターが理解しているのは、生物が二手に分かれた場合、基本的により大勢のほうを襲うということである。

 だからパーティーを丸ごと一組おいて逃げれば、自分たちだけは助かる可能性が非常に高いのだ。

 調査が依頼である以上、ペナルティも特にない。そもそも冒険者はいつだって死と隣り合わせだし、相手が自分を囮にして逃げようとするかもしれない。


ピーターの返答に対して、ハルが異を唱えることはない。

 ハルは、リタやピーターとは違う。

 彼らが互いやハルのことを家族であると認識しているのに対し、ハルは忠誠心を抱いて彼らに接している。

 それは従魔の役割に徹している、というよりはピーターへの恩義からだ。

 彼がいなければ、ハルは自分にとって最も大切なものを失うところだったのだから。

 それを理解しているから、彼女の思いを尊重したいからピーターは態度を改めるように促したりはしない。

 それは自身とともにあることを選んだ彼女の心への侮辱だと考えているからだ。



「心配しなくても大丈夫だよ、ハル。あくまで最後の手段だし、ギリギリまでそんなことはしないさ。リタの情操にも悪いしね」



 ただ、と彼は声を少しだけ低くする。



「僕が優先したいのは、君たち家族とともにあることなんだ。それはわかって欲しい」

「心得ております。……主様がそう考えておられるならばよいのですが」

「そっか。良かった」



 そんなことはハルもわかっている。

 リタの精神年齢が十歳程度で、あまり難しいことが理解できないということもあって、ある意味ハルはピーターの最大の理解者だ。

 彼の望みも、そのために取ろうとしている手段も、その望みの根底にある精神性も理解している。

 ちなみに、リタがハルの言葉遣いに対して何も注意しないのは、単にハルの話し方が気に入っているからだ。

「えほんのきしみたい!」とはリタの言であり、それもあってハルはピーターとリタの騎士であろうと心掛けている。

 絵本のみで得た知識で構成された彼女たちの中の騎士像が、現実の騎士と本当に合致しているのかどうかはさておき。

そもそも現実の騎士からすれば、リタもハルも討伐対象スレスレである。

テイムモンスターはヒトの所有物であり殺傷することは許されない。

 しかしピーターのスキルによる契約は前例が乏しいためグレーゾーンなのだ。

 それ故にピーターは能力の仕様をハルとリタ以外には説明していない。

 最悪裁判になれば、まず間違いなく負ける。

 それほどまでにアンデッドへの風当たりは強い。

 特に教会の権限が強い、このハイエスト聖王国ではなおさらだ。



 上級職に転職できていれば、あるいはピーターはこの国を出て別の国に移動していたかもしれない。

 しかし、その条件を満たしていなくては、国境を超えるという大それたことは出来ない。

国境を超えるためには、街から街へと長距離の旅をする必要がある。

 都市部から離れれば離れるほどモンスターの数が増えていき、国境付近ではモンスターの数も質もアルティオス周辺の比ではないのだ。

 ゆえに、この国、正確に言えば比較的モンスターの弱い大都市周辺にとどまらざるを得ないのだ。



「ついたねー」

「そうだね。……それにしても相変わらず大きいな」



 目の前にあるのは、一軒の屋敷。

塀の高さが四メートルに達しており、門も質素ながら重厚である。

門の傍には、一人の門番が立っている。

金属製の仮面をつけているため人相はわからないが、いつも同じ格好のため、同一人物だとわかる。

というか、左腕が木製の義手になっているのが特徴的すぎるのだ。

もともと冒険者だったのだろうか、と推測されるが詮索するのも失礼かなと思って聞けていない。

何度か訪れているため、すでに向こうもこちらを覚えているらしく、一礼してから話しかけてきた。



「こんにちは」

「お久しぶりです」

「はい、お久しぶりですね。お嬢様に御用ですか?」

「はい、アウファと、あの子たちに」



 【霊安室】で、ハルが反応しているのにピーターは気づいていた。



「承知しました。どうぞ」



 門番が、道を開けて、門が開いた。



「うわー、すごーい!」

「何度見ても壮観だよねえ」


 

 リタは、庭に驚いて飛び回る。

 実際、すごく広いのだ。

 二百、三百メートル四方といったところだろうか。

 あちこちに木々や草花が植えられている。

 以前来た時には全くなかった植物もちらほらある。

 それだけ月日が経っているということでもある。

 正直、敷地面積の大半が庭であり、家自体はむしろ極々小さい民家だ。

 と、その家の扉を開けて、一人の少女が出てくる。



「らーふぁ!こんにちは!」



 少女のもとへと、リタが飛んでいく。

 翡翠色の瞳と銀色の髪を持ち、耳はピンと尖っている。

 所謂、エルフという人種である。



「あら、お久しぶりリタちゃん、元気だった?」

「うん!げんき!」

「それはよかった。ピーターさんもお変わりないようで何よりです」

「はい、お久しぶりです。ラーファさん」



 彼女の名は、ラーファ・ホルダー。

 ギルドマスターであるアランの娘であり、同時に優れた〈従魔師〉でもあった。



「ところで、あの子たちは元気にしてますか?」

「ええ、元気ですよ。モンスターケージから出したほうがいいですよね?」



【霊安室】の中で、ハルが安どした様子だった。

 二か月ほどあっていなかっただけなのだが、どうやらかなり心配していたらしい。

 母親としては、当然の考え方であろうが。

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