第8話 過程はどうあれ、失態は失態である

「事情は分かりました。僕で大丈夫でしょうか?調査はあまり得意じゃないですけど」

「お前以上にアンデッドに詳しいやつはこの都市にはいない。それは俺が保証する。普通は調べようとも思わないからな」

「……それはそうですね」



 アンデッドは基本的に冒険者にとっても不人気だ。

 ゾンビやスケルトンをはじめとして、倒しても得られる素材はまともなものがない。

 それなのにも関わらず、大半が無尽蔵のタフネスや修復能力を持っている。

 極めつけは、弱点が調べるまでもなく周知の事実とされているということ。

 だから誰も真面目にアンデッドについて学ぼうとしたり調べようとはしない。

 それこそある意味でモンスターの専門家ともいえるアランでさえもだ。



「心配しなくても、お前だけではない。あるパーティに、お前が助っ人としてはいる形だ」

「それ、大丈夫なんですか?」



 冒険者達は聖職者たちとは異なり、アンデッドを連れていたからといって流石に襲い掛かってくることはない。

 〈従魔師〉を始めとしたモンスターを使って戦闘する職業の者がそれなりにいるから、というのもある。

 そもそも、アルティオスではもっとも有名で実力のある、このギルドマスターからしてそれなのだから。

 しかし、それでもいい顔はされない。

 アンデッドは基本的に不吉なものというイメージが強いのだ。

 聖職者の発言力が強いこの国では、自然とそうなる。

 そこに、〈降霊術師〉がポンと入れば、どういうことになるか。

 トラブルの予感しかしなかった。



「問題はない。件のパーティーには事情を説明して了解を得ている」

「ああ、そうなんですか」



 冒険者は、その境遇も価値観も千差万別だ。

 アンデッドを嫌う聖職者がパーティにいることもあるが、そうでもなければ特に忌避感がない者もいる。

 というかアンデッド自体は好きではないものの、嫌いでもないという人が大半だろう。

 特に嫌悪感を持っていないというなら、まだましかもしれない。

 少なくとも出会い頭に、スキルで攻撃されるようなことはないだろう。

 ただしーーアンデッドに嫌悪感を持っていないからといって、ピーターをーーアンデッドを使役する人間をどう思っているかはわからない。

 やはり断ったほうがいいのでは、と考えるが。



「そもそも、向こうはお前の事を知っているようだぞ」

「……え?」



 冒険者であるピーターだが、ここ迷宮都市に知り合いはほとんどいない。

 ギルドマスターのアランと何人かの職員、アランの娘であるラーファ、あとはポーション屋の店主とその孫娘、そしてバイトとしてピーターを雇ってくれた雑貨屋の店主、ラーシン・トランスファくらいのものだ。

 普通は誰かとパーティーを組んだりして知り合いを増やしているのだろうが、そもそもスタイルがパーティーでの活動に致命的に合っていないピーターには無理な話である。

 アランの口ぶりからするとリーファではないだろうし、ポーション屋の人たちが冒険者になっているとも考えづらい。



「さっき会ったばっかりみたいな口ぶりだったな。なんでも、さっき問題を起こした〈聖騎士〉を護送してきたんだと」

「……?」

「本来は、〈聖騎士〉に調査してもらうはずだったんだがな。そいつがちょっと街中で攻撃魔法をぶっ放して謹慎になってな。ちなみに、原因に心当たりはあるかな?」

「あー……」



 ピーターはここにきてすぐ、何があったかを思い出した。

 さすがの聖職者といえども、さすがに処罰は免れなかったらしい。

 ここが冒険者ギルドの力が強く、教会の権力が比較的弱いことも一因かもしれない。



「なんだかすいません」

「別に怒っているわけじゃない。お前らに責任があるわけじゃないしな」



 そう、アランは笑顔で言うので、ピーターはほっとした。

 医療と信仰。

二つの分野を牛耳る教会の発言力は強く、王族でさえ教会に反論することは難しい。

 そんな状況下で冒険者の味方をし、守ってきたアランの存在があるがゆえに、教会の権力を最小限に抑えることができている。

 彼の存在があるから、冒険者は活動ができている。

 実際、アルティオス以外の都市ではモンスターの掃討なども騎士の仕事であり、冒険者の発言力はほとんどないらしい。



「ただまあ、ちょっとそれがらみで困ったことがあってな」

「とおっしゃりますと?」

「うん。それはわかっている。非常事態だったし、お前の行いは罪に問われることはないだろう」

「ああ、そうなんですか」



 良かったと、そう考えかけて。

 ピーターは気づく。

 アランは表情こそ笑顔だが、彼の目が全く笑っていないことに。



「ただなあ、クソでかいモンスターが、それもアンデッドが街を走り回ったってことでパニックになってなあ。幸い、死者はいなかったがけが人は出てる」

「…………あ」

「ついでに言えば、そいつが逃走経路に使った屋根がボロボロになっててな。酷いところだと、穴が開いたところもあるみたいなんだよ」

「…………」



 ピーターは、回想する。

 あの時、一応ハルが人を踏まないように注意を払っていたつもりだし、ハルにも念のため、最悪を避けるために屋根伝いを走るよう指示を出した。

 人的被害を出したくなかったからだが……結果として目立ってしまったわけだ。

 そしていくら気を配っていても、屋根の破壊などで瓦礫が飛び散れば当然けが人も出る。

 さらに言えば、物的被害をピーターはまったくもって一切微塵も考慮に入れていなかったので、それなりの数の家屋が被害を被ったことだろう。



 割と冗談抜きで生命の危機だった故に、ピーター達からすれば致し方ないことではあったのだが。

 仮にあの時聖属性魔法攻撃ではなく、剣や拳による物理攻撃をされていれば即死だっただろうから。

 とはいえ、じゃあ自分と家族が生き残るためならどれほど物的被害を出してもいいのか何の問題もないのか。

 と、言われれば、主観的にはともかく、客観的に考えてそんなはずもないわけで。



「さて、そんでもって冒険者ギルドにクレームがきてな。割と処理に戸惑ったりもしたんだよ。まあ、別にお前に屋根の修理代を払えとは言わねえし、具体的な額を教える気もないんだが。言わんが……。ピーター、このクエスト引き受けてくれるか?」

「……謹んでお受けいたします」



 さすがにこの状況で断れるほど、ピーターの面の皮は厚くなかった。

 ギルドマスターの笑顔は、怒った顔よりも怖いのだとピーターは学んだ。



 調査自体は、次の日の朝からと決まっているらしいので、とりあえずラーファ達に会いに行くことにした。



「主様、図書館での調べものはしなくてもよいのですか?」



道中、ハルがそんなことを聞いてくる。



「大丈夫だよ、問題ない」



 ちなみに、彼女は今【霊安室】の中にいるが、契約したアンデッドとは念話が可能であるため、直接話さなくてもこうして意思疎通ができる。

 基本的に霊安室から霊体を出しっぱなしのリタとは異なり、ハルは街中では出てこない。

 理由は、単純に通行の邪魔になるからだ。

 サイズの調整ができるリタと違い、彼女は出るだけで道をふさいでしまうのである。

 問題は、ない。



「おそらく、明日の調査でだいたいわかるだろうからね」

「つまり、墓地に出るアンデッドが、グリーンウルフが移動した原因だと?」

「そうだと思うよ。というかそれ以外にもまだ原因があるとは思いたくないね」

「それもそうですね」



 アンデッドは、邪気で汚染されているから食料にもできないし、タフだから殺すこと自体が難しい。

高位のアンデッドともなると、特高である炎熱攻撃や聖属性魔法がなければ逃亡一択とまで言われるほどだ。

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