第7話 クエストの種類と指名依頼

 彼が子供好き、というのは子供への面倒見がいいという意味でしかない。

 いわば一種の父性愛だ。

 今冒険者ギルドで行われている、新人への教育プランも、彼が新米冒険者の死亡率の高さを懸念して作ったものだ。

 あれがなければ自分も死んでいたかもしれない、とピーターは考えている。

 十二歳で年齢制限をクリアして冒険者になってから、

 そしてそう思うのは、なにもピーターだけではないだろう。

 実際、今この瞬間アランと、その傍にいるピーターへの視線は決して平和的とは言い難い。

 中には、露骨にピーターに対して敵意を向けているものもいる。

 逆にそれが、彼のファンの多さを物語っているので、別にどうということはないが

 彼がこの最も冒険者が集う街でギルドマスターを務められる理由の大半は、彼の人徳とそれに伴う人望だ。

 それだけというわけでもないが。

 いずれにせよ、ピーターに対して敵意を向けているのは、ギルドマスターへの愛情の裏返しであり、アンデッドを連れているピーターが警戒されている証でもある。

 なので別にピーターは敵意を向けられていること自体は何とも思っていない。



「ところで、ラーファは元気ですか?あの子たちも」



 このままではまずいと考えて、ピーターは何とか話題の転換を図った。

 愛娘家の彼ならば、これで機嫌を直してくれると思って。



「おめえ、やっぱり俺の娘を狙っているのか?」



 辺りにまき散らされる殺気で、逆効果であると悟ることになったが。

 実の娘について言及すると、こういう絡み方をされることがある。

 これもまた、ある種の父性愛によるものだろうか。



「ち、違いますよ!あの子に対してそういう気持ちは一切ありませんって」

「うちの娘が可愛くねえってのか!」



 否定したらしたで突っかかってくる。

顔がやたら近い。

 いろいろな意味で怖い、とピーターは深く思った。



「そこまでは言ってないですよ。人を浮気者みたいに言わないでくださいって言いたいだけです!」



 ピーターの愛はただ一人リタにのみ注がれており、他の人物に恋愛感情を差し込む余地がない。

 他のことはともかく、この一点だけは譲れないのである。



「ふむ、ま、それはともかく、ラーファには会ってやってくれ。あの子もお前らに会いたがってるだろうからな。この近くにいるはずだ」

「えっ、ラーファいるの!どこ!」



 昔からよくラーファに懐いていたリタが反応する。



「ラーファのことはちゃんと覚えてるんだな……」



 リタの反応を見て、アランが、またも気落ちしてしまった。

 正直なところ、アランのほうがラーファよりも関わりが多いはずなので、ショックを受けるのも致し方なしだなとピーターは思った。



「まあ、いい。それよりお前に依頼したいことがある」

「僕にですか?」

「ちょっと、ここじゃまずいな。場所を変えるぞ」



 アランはそういって、奥まで歩いて行った。

 ピーターとリタも、その後に続いた。

 冒険者ギルドは、三階建ての構造となっている。

 一階が受け付け兼食事処。

 依頼を受けたり、完了報告をして報酬をもらったりする。

 カフェや酒場など、複数の店があり、様々な料理を楽しむことができる。

 二階には図書館。

 多数の蔵書があり、冒険者ならだれでも閲覧が可能だ。

 そして三階が、職員用の空間。

 その三階のひときわ大きな部屋が、ギルドマスターの執務室だ。


 眼鏡をかけた、顔立ちの整った瘦身の男性。

 サブマスター、ギルドマスターの秘書的な立場をしていると聞いたことがある。

 アランが何か言うと、一礼してそのまま退出していった。



「用事があったのでしたら、最初からここに呼び出していただければよかったんですが」

「それだと、多分お前何かやらかして説教されてるって思われて変な噂が立つだろ?堂々と親し気に話してるとこを見せれば、そうはならねえ」

「なるほど。ありがとうございます」



 彼の意図は理解した。

 確かに、ピーターの立場を考えればそういう可能性もあるだろう。

 それにしても、自分のためにわざわざそこまでしてくれなくても、という思いがあったがアランの思いを無下にするのも悪いと思って言わなかった。



「さてと、説明をはじめるか」



 アランは、ソファに腰掛ける。

 ピーターとリタもそれに倣った。

 リタは椅子の上に浮いているだけだが、それでも可愛らしさは落ちていないので無問題だとピーターは思った。

 そんな彼の無駄すぎる思考をよそに、アランは説明を開始した。



「お前らに依頼したいのは、街の外にある旧墓地の調査だな。最近、アンデッドの目撃情報が多数上がってる。」

「仕事があるのは歓迎ですけど……それは教会の、聖職者の人達の領分では?」



〈司祭〉をはじめとした聖職者は対アンデッドのエキスパートだ。

 なにせ彼らが使う聖属性魔法はアンデッドの天敵。

 調査どころか、アンデッドを消滅させてしまうことも容易だろう。

 例外はリタとハルくらいものではないだろうか。

 そんなエキスパートである彼らを差し置いて、彼等の忌み嫌うアンデッドと〈降霊術師〉が対処する。

 それがどういうことなのか、ピーターにはわかるし、おそらくは目の前のアランもわかっているはずだ。

 今年だけで三回はトラブルになっているというのに、どうしてこれ以上トラブルを起こしたいと思うだろうか。

なので、そういうクエストは受けないつもりだった。



「まあ聞け、いくつか理由はある」

「と、言いますと?」



 ただ、ギルドマスターにも理由はあるらしい。

 とりあえずピーターは事情を聞いてみることにした。

 嫌な予感がするが仕方ない。

 先ほど質問したのも、こういう嫌な条件を見落とさないようにするためのものだから、ここで聞かなければ意味がないのだ。

 物事を把握しておかないと生き残れるものも生き残れないのだから。



「一つ、元の依頼主が冒険者ギルドのみでの対処を希望している」

「あー、その依頼主、もしかして」



「お前の予想通りだ、依頼料をケチりやがった」

「加えて、多分指名依頼も見越してませんか?」

「……そうだろうな。変に頭の回る奴だからな、依頼人。ブラックリストにも載ってるし」

 


 アンデッドなどの退治や回復魔法・浄化魔法の行使などができる聖職者は、非常に強力だが、ある問題を抱えている。

 基本的に数が少なく希少で、コストが高いのだ。

 そもそもこの国の聖職者の大半は教会に所属している。

 そして教会に浄化してもらおうと思ったら、相応の額の「お布施」を払わなくてはならない。

 絶対数が決して多くないにもかかわらず、回復、浄化、アンデッドや悪魔への特効などできることが多すぎるのである。

 回復魔法さえ使えれば、生涯食うには困らないだろうといわれるほどだ。

 だから、ある程度の報酬がないと、彼らは依頼を受けないのだ。

 具体的に言えば、それこそ聖職者一人より冒険者の一パーティを雇ったほうが安い。

 そしてケチな依頼主はそれを防ぐために先手を打ったわけだ。

 指名依頼、という制度がある。

 文字通り、ギルドが冒険者を指名して依頼を出す。

 そしてここが重要なところなのだが、指名依頼はギルドが報酬を負担するのだ。

 個人からの依頼とは別に、誰かに解決してもらった方がいいとギルドが判断した物事がクエストであるため、難易度は基本的に高い。

 聖職者に対して比較的価値の低い〈斥候〉や〈狩人〉あたりに調査をさせて、何か脅威となりえるモンスターが現れれば、あとはギルドが何とかしてくれるだろう、と依頼主は考えたわけだ。



「そういう依頼って、却下できないんですか?」

「商会の有力者でな、無下にできねえんだよ」

「なるほど……」



 どうやらいろいろあるらしい、とピーターはひとまず飲み込んだ。

 納得は行かないにしても、理解はできた。

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