第6話 冒険者ギルドマスター
そんなこんなで、もう二年以上探し回っている上級職の手がかりだが、今日はそれがメインではない。
「今日は、他に調べなきゃならないことがあるんだよね」
「ほかにー?」
よくわからず、眼に疑問を浮かべながら、首をかしげるリタ。
そのかわいらしさに頬を緩めながら、ピーターは説明を加える。
「さっき、グリーンウルフが結構いたでしょ?グリーンウルフはあの辺りには普通来ないからね。何か理由があるのかもしれない」
受付の窓口でもそれとなく聞いてみたが、どうやら原因はわかっていないらしい。
グリーンウルフもそうだが、大半の魔物はあそこまで町の近くに来ない。
人間の集団の怖さを理解しているモンスターが多いからだ。
基本的に城壁付近に近づくモンスターは、騎士団や冒険者によって狩られる運命にある。
だから近づかない。
そもそも近づいたところで、都市を覆っている結界を突破できないだろう。
例外は三種類に絞られる。
一つ、町にいる大勢の人間を取るに足りないと考えるほどの強者。
二つ、人間の怖さを理解できないほど知性の低いモンスター。
三つ、諸々の理由から、冷静に判断する余裕がない程に追い詰められたモンスター。
この三つだ。
まず一は違う。実際に、ハルたちによってグリーンウルフが掃討されていることからもわかるとおり、 グリーンウルフは決して強い生き物ではない。
むしろ、ある程度数をそろえてさえいれば冒険者にとってはいいカモである。
まあそんな手合いは普通現れない。
このアルティオスが、直接モンスターの攻撃を受けたのは、過去にわずかに一度きりらしい。
もう十年以上前のことなので、ピーターはそれを直接見たわけではないが、それこそ本当に強いモンスターで、都市中の戦力をかき集めてようやくといったところだった、と聞いている。
それくらいの実力でなければ結界を突破できず、近づこうとも考えない。
では、二番目である可能性も……ない。
グリーンウルフの生態はよく知られている。
群れを作り、集団で狩りをする。
他のウルフ種とは異なっているグリーンウルフの特異性として、単一種でしか群れをなさない他の狼系モンスターとは異なり、狼以外のゴブリンなどとも必要とあらば手を組むことがあるという点である。
そのため、ゴブリンライダーなど、モンスターの騎獣となることも多い。
個々の戦闘能力は低くとも、その狡猾さで生き延びてきたモンスターだ。
知性が低いなど、あろうはずもない。
つまり、答えは三、何らかの事情で非合理的と知りつつも、街に出るしかない。そんなじじょうがあったのであろう。
「飢えていたわけではなさそうだし、何かに住処を追われたのだろうね」
「なにかって?」
「さ、それはまだわからない。だから今から調べないとね」
「その通りだ」
後ろから声をかけられた。
振り向いた先にいたのは、筋骨隆々の大男。
年齢は、四十路であろう。
胸元も開いたジャケットからは鎧のような胸板がのぞき、腕も熊を連想させる。
顔つきは精悍だが、だからこそ恐ろしさが際立っていた。
どう見ても堅気ではないし……実際に堅気ではない。
慌ててピーターは、姿勢を正して向き直る。
それは、単にいかつい男に声を掛けられたからではなく、上位の存在を前にしたからだ。
覇気を直で受けて、体が硬直するのが分かった。
「お久しぶりです。ギルドマスター」
「おう、久しぶりだな、ピーター。二年ぶりか」
筋骨隆々のこの男は、〈魔王〉アラン・ホルダー。
現在唯一の、従魔師系統超級職の〈魔王〉の座に就くもの。
そして、冒険者ギルドのギルドマスター。
ピーターはちょっとした理由で彼と個人的な付き合いがあったが、そうでなくても、あるいは仮に冒険者でなかったとしても、彼のことを知っていたことだろう。
このアルティオスで、彼の顔と名前を知らない人間はいない。
それぐらい、冒険者ギルドのギルドマスターという肩書はここでは大きいものだ。
実際、周囲にいた彼以外の冒険者もがちがちに萎縮したり、アランの方を注視して何事かひそひそと話している。
アルティオスきっての著名人だ。
「リタの嬢ちゃんも久しぶりだなあ。元気してたか?」
「ぴーたー、このおじさんだれ?」
だが、リタにはそんなもの通用しない。
あろうことか、彼女はギルドマスターであるアラゴのことを完全に忘却していた。
彼女の忘れっぽさを把握しているピーターにとっても、そしてもちろんアラゴにとっても予想外であった。
なぜ、ハルの件も含め、駆け出し冒険者時代さんざんお世話になったはずの彼のことをこの短期間で忘れてしまえるのか。
なぜならば、リタだからだ。
証明と、生命、終了である。
空気が凍りつき、冷汗が、滝のように伝うのをピーターは感じる。
「えっと、以前ハルの子供の件とかで、お会いしたギルドマスターさんだよ。覚えてない?」
「ぎるどますたー?」
「冒険者ギルドの、一番偉い人」
「ぼうけんしゃぎるど?」
「「…………」」
リタがあまりにもいろいろなことを忘却していたので、二人とも唖然とした。
以前も、ピーターはリタに説明しているはずなのだが。
冒険者ギルドとは、冒険者のための施設である。
冒険者ギルドとは、冒険者に対する仕事、クエストの斡旋を主な業務としている場所である。
クエストの内容は、モンスターの討伐、素材の採集、要人の護衛、失せもの探し、物資の配達、どぶ掃除、など多岐にわたる。
要するに、冒険者とは、何でも屋であり、冒険者ギルドはそんな何でも屋集団をまとめる場所ということだ。
冒険者は自由な職業ではある。
冒険者ギルドにあるクエストを受けるのは個人の自由だ。
個々人のランクに応じて受けられない依頼はあるが、依頼を強制されることもまずありえない。
あるとすれば、ギルドマスターによる直接依頼くらいだが……ピーターの知る限りここ数年でそんな話は聞いたためしがない。
例えば朝何時に起きてもいい、夜の何時に寝ても問題ない。
なんなら夜に寝て朝起きても別にいいのだ。
そんな自由な冒険者ではあるが、何もかも自分勝手がまかり通るわけではない。
大半が戦闘に特化した職業であり……必然的に強大な力を持つものが多い冒険者を統制する制度とサポートする機関が必要だった。
というか、その枠組みがなければ野盗と何も変わらないのが冒険者だ。
冒険者ギルドは他にも、新人への教育や既存冒険者の情報管理、図書館を設置しモンスターや周辺地理、職業に関する情報などについての資料の保管などもやっている。
まとめると、冒険者ギルドは冒険者を管理かつ支援する存在なのである。
ということを、ピーターは彼なりの全力を持って誠心誠意わかりやすく、なおかつ彼女が混乱しないようにざっくり説明したのだが。
「……?ふーん」
どうやら、彼女は全く理解していないらしい。
というか、リタは興味がないのだ。
彼女は、この冒険者ギルドという施設のことを「としょかんとかふぇがあるところ」ぐらいにしか思えないのだ。
彼女は子供のように、或いは子供以上に興味のないことや嫌なことは覚えられない性質である。
例えば、もうすでに先程の聖職者の顔をリタは忘れているし、それがあったことさえも忘れかけている。
そんな感じなので、興味のない人のことは覚えていないのだ。
「うちのリタがすみません……」
「……ハハハ、気にすんなよ。子供の言うことだし、そんなこと別に気にしてねえさハハハ……」
「いやもうほんとすみません」
気にしてないように見せようとして虚勢をはっているが、ギルドマスターが完全に気落ちしているのはピーターにも丸わかりで、申し訳なく思った。
子供好きだから辛いんだろうな、とピーターは推測した。
なお、ここでいう子供好きとは性的な意味ではない。
面倒見がいいというだけの話である。
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