第5話 上級職という壁

 そして、回復魔法を扱う彼らの影響力が高すぎるゆえに、差別が浸透してしまっている。

 ピーター自身も、職業が判明した時点で、彼の親から勘当されている。

 彼がまだ、わずか十歳の時の話である。

 ……もっとも、流石にそう言った職業についているというだけの理由で攻撃することは、法的には全く認められていない。

 そんなことをするのは聖職者の中でも一割程度の過激派である。

 とはいえ、攻撃したとしても聖職者なら厳重注意か、せいぜい謹慎程度になってしまうのだけど。

 生まれつき回復魔法を持つ聖職者の発言力はそれほどまでに大きい。

 病気やけがなどの治療や、街の防衛用の結界システムにも関与しているのだから、当然なのかもしれない。

 それこそ王族や冒険者ギルドでさえその権威を無視できないほどだ。

 ここは、ハイエスト聖王国。

 聖者と王が統べる国である。

 即ち――彼らの価値観が法であり、それにそぐわないものが悪である。

 この国では、ピーター達のような職業に対しては決して良くない。

 いやむしろ悪い。

 国外に逃げようにも、様々な事情からそれも難しい。

 迷宮都市アルティオス周辺を回るだけならともかく、国境を超えるほどの長旅はリスクが大きい。


「ぴーたー、どうしたの?」

「ん?」

「さっきから、なにかかんがえごとしてる?」

「ああ、ごめんね。早くカフェに行こうか」



 考えても無駄なことを考えてしまった、とピーターは思考を打ち切る。

 ピーターたちは、あわててカフェに急いだ。

 


 ◇◆◇



「おいしかったね!」

「そうだね、おいしかった」

 カフェで紅茶とパンケーキのセットを一つ頼み、食べ終えてカフェを出る。

 リタとピーターは、どちらも満足そうな顔だった。

 実際、ここのパンケーキは客観的に見てとてもおいしい。

 普通の冒険者ギルドでは、酒場兼食堂ぐらいしかないのだが、ここの冒険者ギルドはハイエスト聖王国の中では最大級の規模を誇っているから、カフェだってあるし、何ならレストランだってある。

 なお、リタは霊体なので食物の消化や吸収はできないし、必要ない。

 しかし、感覚器官、ないしは肉体そのものがなくとも物を見ることも、声を聴くことも出来るのが、アンデッドというものである。

 ならば、当然視覚や聴覚同様、嗅覚や味覚も残っている。

 それゆえに当然、アンデッドであるリタもパンケーキの匂いや味を楽しむことはできる。

 所謂、お供え物に近いかもしれない。

 なお、彼女が味わい、楽しんだ料理は毎回後でピーターがおいしく、蜜やソースの一滴も残さずいただいている。

 なぜか、ピーターは食べ終わった後恍惚とした表情を浮かべているのだが……その理由は語るまでもないだろう。

 リタが理由――彼の変態性に満ちた嗜好をつゆほどにも把握していないのが救いではある。



「この後、どうしようかな」

「ぴーたー、わたし、としょかんいきたい!」

「ああ、図書館か、ちょうどいいね。僕も用事があったし」



 リタは、童話などがかかれた絵本を好んでいる。

 それゆえに、ピーターは喜ばせるために絵本を購入している。

 が、本は高価だ。ピーターも何冊かもってはいるが、何十冊も入手できるものではない。

 それだけでは当然リタにも飽きが来る。

 そこで図書館だ。

 冒険者ギルドの図書館は所属しているモノならだれでも入試筒閲覧が可能だ。

 貸し出しは認められておらず、写本のみ許可されている。

 そのため、冒険者ギルドに入ると、ギルド内にある図書館に入りたいといってきかないのだ。

 ピーターのほうも、調べておきたいことがあったので、非常に都合が良かった。



「ぴーたーは、なにさがすの?じょうきゅうしょく?」

「それもあるけどね」



 ピーターは、もっぱら図書館で上級職への転職に関する本を探している。

 人間が生まれながらに得る職業は、下級職、あるいは天職といわれる。

 経験値を得ることでレベルは上がるのだが、それにも限度がある。

 下級職は、レベル50が上限であり、それ以上は絶対に上がらない。

 その壁を超えるための唯一の方法が、転職、つまりは上級職だ。

 上級職に就けば、レベル上限が100まで上がる。

さらに、レベルアップなどで得られるスキルも伸びるステータスもはるかに上級職のほうが強力である。

 どれくらい力の差があるのかといえば、同系統の下級職六人と上級職一人が同等といわれているほどだ。

 その上級職や下級職のレベルをどれだけ挙げているのかにもよるし、連携などを勘定に入れていないため、一概にいいきることはできないが。

ちなみに、上級職の先には、超級職というものがあるが、これは国に数人しかいないような存在なので、さほど考慮する必要はない。

 

 上級職に就くためには、転職条件を達成する必要がある。

それは単にレベルを上げることであったり、特定のスキルの習得であったり、特殊な儀式にを受けることが条件となっていたりする。ちなみに大半の上級職は、達成するべき条件が複数ある。

 しかし、降霊術師系統上級職の条件は、完全にはわかってない。

 全く分からないわけではない。

 転職条件のうちどれか一つでも満たされると、条件を満たしたことと未達成の条件の数が自身に通知される。

 ピーターの場合は、リタやハルがいたこともあって条件のうち三つ「【霊安室】にいるアンデッドのステータス合計が一定以上」、「アンデッドに対する支援魔法による消費MPの合計量が一定以上」は意識するでもなく自然に達成しており。

 最後の一つが達成できずに、現状を迎えている。

 最後の一つの条件は皆目見当もつかない。

 冒険者はピーターと同年代であれば、あるいはそれより下の年齢であっても、上級職に転職しているものも珍しくない。

 にもかかわらず、未だ転職できていないことに対してピーターは焦りを感じていた。

 ピーターの願いは、転職を達成できなければ彼の願いはかなわないからだ。

 

 

 まったくピーターが転職できないのにも、事情がある。

 そもそも、〈降霊術師〉という職業はかなりマイナーである。

 ここでいうマイナーとは、知名度が少ないというのではなく少数派という意味だ。

 ピーターは自身以外に〈降霊術師〉を知らない。

 悪名こそ広まっているものの、直接自分以外の〈降霊術師〉系統の人間と会ったことはない。


 魔法職、聖職者、斥候職、武芸者など、戦闘職のごった煮と言われる冒険者ギルドに所属しているのにもかかわらず、現在生きている者のうわさすら聞かない。

 それに加えて、〈降霊術師〉は教会によって忌むべきものとされている。

 それ故に、上級職への転職条件などの情報の大半が処分されてしまっている。

 万が一にも上級職、そしてその先超級職へ至るものが現れぬよう、そこへの道を閉ざすためだ。



「超級職――〈不死王〉の名前だけは、他に類を見ないほど有名なんだけどね」

『上級職の名前すら知っているものはほとんどいませんからな。正直めちゃくちゃとしかいいようがありません。理不尽の極みです』

「まあ、あれこれ言っても仕方ない、あ、これマギウヌス魔術魔法国から仕入れた情報っぽいな……こっちを先に読んでおこうかな」



 ごく一部、冒険者ギルドが保管した文献はあるが、それも十分とは言えない。

 彼が職業差別を受けているのも、〈降霊術師〉がレアすぎて周知されていないがゆえ、というのが大きい。

 閑話休題。

 上級職の転職条件は本来、試行錯誤の末、自分で発見するものであり、条件を達成して初めて、詳細な条件がわかる。

 そしてすべての条件を達成してはじめて、上級職に就けるのである。

 が、それは建前。

 たいていの者はそんなことはしていない。

 すでに条件のすべてが判明しているのだから、メジャーな職業なら楽である。

 例えば、剣士系統上級職〈剣聖〉の条件は、〈剣士〉のレベルが50に達することと、剣のみで殺した生物の数が百を超えることだが、これは全く関係のないピーターでさえ知っている周知の事実である。

 しかし、マイナーな降霊術師系統上級職の条件は誰も知らない。

 様々な職業の情報を基にした推測から、「契約したアンデッドの合計ステータスが一定以上」、「〈降霊術師〉のレベルが50に達する」という条件は達成し、判明している。

 だが、あと一つがわからない。

 いろいろと調べたり試したり死にかけたりしたが、さっぱりわからない。

もう二年以上前にレベル50になったというのに、それからずっと足踏みする状態が続いている。

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