第三十五話 愚直




「……悪いな、俺の弟が迷惑をかけて」


 後頭部をかきながら、気まずそうに沢崎さんが呟く。

「大丈夫ですよ。とりあえず、色々と聞きたいことはありますが」

 聞きたいことが多すぎて、混乱しそうになりながらも私は続ける。

「まずは、沢崎さんの弟さん……怜さんはどうしてここに?」

 静寂を取り戻したミニドリップの店内で、まずは怜さんに質問をしていく。

「それはもちろん、可愛い服を買いたかったからさ! このお店のことは色々聞いてたからねー。このヤンキーが雇ってもらえるなら、ボクも雇ってもらえるんじゃないかと思って!」

 邪気のない笑みを浮かべながら、怜さんが答える。

「今家計が厳しいのは、ボクでも分かってるからね。ふふん、偉いでしょー!」

「偉い! 偉いよ怜ちゃーん! もうお姉さんが買ってあげちゃう!」

 胸を張る怜さんを抱擁し、頭を撫でながら武藤さんがそんなことを言う。

「あ、愛姉さんにそんなことさせられないですって! おい怜、分かってるだろうな?」

「えー? ボク、ちょっと耳が遠くて聞こえないなー」

「コイツ……!」

「まあまあ、沢崎さん……」

 眉間にしわを寄せ、今にも掴みかかりそうな沢崎さんをなだめる。

「武藤さんの甘やかし癖は、今に始まったことじゃありませんし」

「……はるちゃん? 何か今、ツッコミどころがおかしくなかった?」

「いえ、何もおかしくないです」

 抗議する武藤さんを軽くいなし、私は話を続ける。

「怜さんのことはさておき、次は沢崎さんの話ですね」

「そうだよ真夜ちゃん! 学校行ってないんだって?」

「そ、それは……」

 武藤さんからも言われ、さらに気まずそうな沢崎さん。

「そうそう、もっと言ってあげてよ! ボクが言ったとこで、このヤンキーは何一つ聞いてくれないからさー!」


「怜、テメーは黙ってろ」


 鋭い目つきで威嚇する沢崎さんと、それに対してすぐさま引っ込む怜さん。

「ですが、学校に行かないのは良くないです。何かあったんですか?」

「それがねー。倒れた母さんを気にして、このヤンキーがほとんど毎日店番してるんだよ」


「怜ッ!」


「沢崎さん」

 再び威嚇する沢崎さんを、私がすぐさま制する。

 ばつの悪そうな表情をして、彼女は目線を逸らした。

 今更だけど怜さん、普段から沢崎さんのことをヤンキー呼びなのだろうか?

「……しょうがねえだろ。人がいないんだ、俺が手伝うしかない」

「しかし、学校を休んではいけません。退学になったら、それこそお母さんが悲しむのでは?」

「それは確かに正論かもしれねえけど、現実は甘くない。母さんが不調の今、俺が支える以外に方法はないんだ」

「だからと言って、自分を蔑ろにしていいとはなりません。この二週間学校に来ないので、私と武藤さんで沢崎さんを捜そうとしてたんですよ。それ位、心配してたんです」

 半分怒りにも似た気持ちを織り交ぜながら、私はそう言い放つ。


「大変なら、頼ってくれてもいいじゃないですか」

「春姉……」

「私では、力になれませんか? 料理に関しては負けるかもしれませんけど、接客なら負けませんよ」

「でも、これは俺の家の問題で……春姉を巻き込むわけには……」

 そう言って、予想通り遠慮しようとする沢崎さんを無視し、私は食い気味に答える。


「ダチを助けるのに、理由なんているかよ」


「っ……!」

 驚き、目を見開く沢崎さん。私の台詞に、武藤さんまでもが驚いていた。

「きっと……沢崎さんなら、こう言うんじゃないですか?」

「……そう、だな」

 まるで観念したように、沢崎さんが小さな声で呟く。


「頼む……春姉。俺に力を貸してくれ」


「任せてください、沢崎さん」

 握手を交わし、私は力いっぱいに答えてみせる。

 幾度となく沢崎さんには助けてもらった。少しでも彼女の力になれるなら、私は喜んで手を貸そう。


 今度は私が――彼女を助ける番だ。



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