第三十三話 意地




 あれから翌日となり、現在は夕方。学校の帰り道……私は昨日訪れた女の子のことを思い出していた。

 流石に時間も遅かったので、今日の夕方に話を聞くからとたしなめたのだ。

 言動からみても、どうやらお店の存在を知っているようだった。誰かの知り合い? しかし、あんな可愛らしい恰好をする知り合いを持ちそうな人なんて……。

 それに、年齢もだいぶ若そうだ。もちろんだけど、ミニドリップで働かせる気はない。

 そんなことを考えながら歩き、ようやくミニドリップの店前に辿り着く。


「……あ」


 待ちぼうけをくらっていた昨日の女の子が、私を見つけて嬉しそうにほほ笑む。

「やっと来てくれたー。こんなに可愛いボクを待たせるなんて、ひどいなぁ」

 こちらに近付き、そう不満を漏らす女の子。両手を腰にあて、文句を言う仕草が可愛い。

 相変わらずフリルの多い、ドレスのような恰好。今回は半袖タイプで、色も黒を基調としたデザインだ。

 まだ九月半ばで、気温もそれなりに高い。暑くないのだろうか?

「すみません、これでもまっすぐ帰って来たんですが」

「あはは、それなら許してあげる! ボクは心が広いからね!」

 明るく高い声で、私を許してくれる女の子。思っていたより、心が広いようだ。

「あ、ありがとうございます……?」

 半ば疑問を感じつつも、私は彼女をお店に案内する。


「カウンター席にどうぞ。ドリンクは何が良いですか?」

「えっとねー、アイスミルクが飲みたいかな!」

 あどけなさの残る快活な声で、そう答える女の子。

「わかりました。少しお待ちください」

 速やかにグラスを用意し、冷蔵庫を開け牛乳パックを取り出し、七割ほど注ぐ。

「お待たせしました」

「ありがとー! のどが渇いてたから嬉しいよ!」

 差し出されたアイスミルクを、一気に飲む女の子。

「さて……それでは、一応詳しい話を聞かせてもらえますか?」


「ぷはーっ! うん、いいよ!」


 清々しくなるほどの飲みっぷりを見せつけ、口周りを白くした状態でそう答える女の子。

「えっとね、洋服を買うお金が欲しいんだ。今のお小遣いじゃ全然足りなくて」

「まだ幼いわけですし、お母さんに買ってもらえば良いんじゃ」

「それがさ、ボクの家貧乏でねー。そうもいかないんだよ」

 やれやれといった様子で、そう答える女の子。

 しかし、だからといって自分で稼ごうと考えるとは……なかなか逞しい。

「ですが、見る限りまだ小学生か中学生ですよね? 十六歳未満を働かせることは法律で禁止されてまして」

「えー? ホウリツ? ふふん、そんなの関係ないね! ボクならこのお店で、一番になってみせるよ!」

「いや、ミニドリップに夜のお店みたいなシステムとかないんで……」

「料理だって、人と話すことだって、ボクは出来るよ?」

 胸をはり、自慢げにそう言い放つ女の子。

「そうは言っても、雇用したら私が捕まっちゃうんですよ」

「そこをなんとか頼むよー! 一回くらいなら捕まってもいいじゃん!」

「嫌ですよ。そんな軽い気持ちで、私を前科者にしようとしないでください」

 まるで一回なら平気みたいな言い方をしてるが、一回捕まるだけで十分アウトだ。

「とりあえず、すみませんが……」

 そう言いかけたとき、女の子のお腹が豪快に鳴り響く。

「あ、あはは……恥ずかしいね、これは」

「仕方ないですね……では、ナポリタンを作ってあげますから、それを食べたら帰るんですよ?」

「え? 良いの? やったー!」

 嬉しそうな女の子を背に、私はキッチンへ赴く。

 最近沢崎さんの登場で、すっかり作ることのなかったナポリタン。

 しかし、流石にあれくらいの女の子なら、美味しいと言わせることは出来るだろう。


 見えない角度で不敵にほほ笑みながら、私は調理を始めるのだった。






「わーい! いただきまーす!」

 器用にフォークでくるりと巻き取って、麺を口へ放り込む。

「……うん、まあまあだけど、お腹が空いた今なら全然アリだね!」

「……はい?」

 女の子の感想に、思わず引っかかる私。

「なかなかの出来だったと思うんですけど、まあまあ……ですか?」

「これなら多分、ボクの方が上手く作れるよ!」

 ナポリタンを食べながら、そんなふざけたことを言ってのける女の子。

 いやいやいや。沢崎さんならまだしも、流石に小学生に負けるわけがないだろう。

 いい大人が子供の戯言に構ってはいけない。そう思いつつも、私は正直ムッとしていた。

「へ、へぇ……それなら、後で作ってもらいましょうか。もし私が勝ったら、今日はタダで皿洗いをしてもらいますよ」

「いいよ! じゃあボクが勝ったら、もちろん雇ってくれるんだよね?」

「雇うのは難しいですが、何でも言うことを一つ聞いてあげましょう」

 負けるはずがない。相手は小学生かそこらの年齢だ、万に一つでも負けるわけがない。

「公平を期すために、ランダムで訪れた常連のお客様を審判にします」

「ふふん、全然いいよ! このボクが負けるわけないからね!」

 大人げなく、小さい女の子に対抗心を燃やす私。


 こうして、絶対に負けられない戦いが幕を開けることとなった。

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