第三十二話 要求




 沢崎さんがいなくなってから、およそ二週間が経とうとしていた。

 その間、学校でも彼女を見ることはなく、全てが謎のままだ。


「あーあ、真夜ちゃんがまさかいなくなっちゃうなんてなぁ」

 私以上に落ち込んだ様子の武藤さん。二週間前、辞めたと知った時はだいぶ寂しそうだった。

 ヤケ酒のようにアイスコーヒーを飲み干して、私に二杯目を所望する。

 時刻は二十時。相変わらず武藤さんの他に人はいない。

「しょうがないです。家庭の事情ですから」

「そうだけどさ、真夜ちゃんがバイトをしたがってた理由が、まさか家のためだなんてねー」

 ストローでグラスに入った氷をつつきながら、武藤さんが呟く。

「で、今は学校にも来てないんでしょ?」

「はい。私が会えてないだけかもしれませんが」

「なるほどね……真夜ちゃんのことだから、学校そっちのけで、働いてるのかな」

 武藤さんの想像に、私は心の中で同意した。あの沢崎さんのことだ、自分を蔑ろにしてお店を手伝っているに違いない。


「……今度、沢崎さんのお店に行ってみようと思います」

「え?」

 私の台詞に、武藤さんが驚いた表情を見せる。

「……へぇ、あのはるちゃんが……ね」

 どこか意味ありげな眼差しをこちらに向けてくる武藤さん。何か変なことを言っただろうか。


「良かった。はるちゃんにとって、真夜ちゃんは大事な存在なんだね」


「……? 当然です。このミニドリップの従業員ですから」

「いやいや、そうじゃなくて……ま、いいか細かいことは」

 そう言って、武藤さんは気を引き締めてから話を続ける。

「よし! それじゃあ一緒に真夜ちゃんのお店を探すか!」

「とりあえず近所であることは間違いないですが、それ以外の情報は全くありません」

「まあまあ、こういうのはネットで探せば簡単に……」

「それが、出てきませんでした」

 スマホを取り出す武藤さんに、私は小さく呟く。

「……つまり、自力で探さないと駄目ってこと?」

「そう……かもしれないです」

 苦肉の策ではあるが、これ以外に方法が浮かばない。

「いくら近所とはいえ、それは範囲が広いなぁ」

「しかしお店の名前を知らない以上、手当たり次第に行くしかないのでは?」

「そんな前時代的な……」

 それから二人で案を出し合ってみるも、あまり良い策は浮かばなかった。

 やっぱりしらみつぶしに、マップを頼りに探すしかないのだろうか。





「……それじゃ、土曜日に探そっか」

 やがて二十一時を迎え、武藤さんが会計のタイミングでそう呟く。

「わかりました。土曜日はお店を休みにします」

「それまでに何かあったら、連絡して。すぐ飛んで行くから!」

「はい。もし進展があれば……ですけど」

 会計を済ませ、武藤さんにお釣りを渡す。

「まあ、また来るよー」


 そう言って、武藤さんが店を出ようとした時だった。

 突然、ドアが開き入店を知らせるベルが鳴り響く。

「あ、すみません……もう閉店の時間なんです」

 私はすぐ来客に反応する。だが、相手からの応答はなかった。

「……あら、可愛いお客さん!」

 入店してきたのは、およそ小学生くらいの女の子だ。


 黒い髪を、白いリボンで両端に結んだショートのツインテール。

 フリルの多い白のゴシック風ドレスが、より可愛らしさを演出していた。

 童顔だからか、それとも服装からか、いくらか幼く見えるその女の子は、こちらをじっと見つめている。


「春風ドリップって、ここだよね?」


 不躾にそう問いかける女の子。童顔に見合わぬ鋭い目つきで、私たちへ問いかける。

「えーっと、色々ツッコミどころがあるんだけど……とりあえずここはミニドリップって名前で、春風っていうのはそこのお姉ちゃんのことだよ?」

 しゃがみこみ、目線を同じくして武藤さんが女の子に優しく説明する。

「ねえ、お願いがあるんだけど」

 そんな武藤さんを押しのけ、私の前に立ち、女の子は話を続けた。


「ボクを……ここで働かせて」



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