第二十四話 友愛
「……先程は、ありがとうございました」
廊下を沢崎さんと共に歩きながら、私は申し訳なさそうに呟く。
鞄を置くために一度沢崎さんのクラスへ寄り、今改めて体育館に向かっている最中である。
「まったく、朝から気分が悪いぜ。春姉のクラスを探してたら、あんな場面に出くわすとはな」
愚痴をこぼしながら歩く沢崎さん。どうやら、ああいうタイプの人間は、自身のポリシーに反するようで嫌いらしい。
「ただ腑に落ちないのは、クラスのヤツが無視してたことだ。春姉が俺みたいに、嫌われ者だってんならまだ分かるが……」
「……嫌われ者ですよ、私。クラスに友達いませんし、作ろうと思ったこともないです」
「そ、そうなのか?」
私の言葉に、沢崎さんが遠慮がちに問いかける。
「はい。正直、思い当たる節はあります。最初の頃に色々誘われたり、話しかけられたりしたんですが……どうしてもその場のノリなどについていけず、断ったことがあったので」
「なるほどな。それでも、あそこまで露骨になるか……? ちなみに、何て言って断ったんだ?」
「皆さんのノリについていけないので、もう話しかけてこないで大丈夫です。と」
「…………」
引きつった笑みを浮かべながら、言葉に詰まる沢崎さん。あれ……? 何か変なことでも言っただろうか?
「それは……春姉が悪いかもな……」
ばつの悪い表情をして、頬をかきながらそう呟く沢崎さん。反応を見るにどうやら、私の言動に問題があったようだ。
「……難しいですね。人間関係って」
「なーに言ってんだ春姉。元々人生なんて、上手くいくことの方が少ないだろ?」
「ふふ、そうかもしれませんね」
こちらを見ながら、何の気なしに言ってみせる沢崎さん。思いがけない台詞に、私は小さく笑って答える。
「これまでの人生を振り返ってみても、確かに上手くいったことの方が少なかったなと思います」
「だろ? 人生なんて上手くいかないことだらけだ。でも、だからといって全部が上手くいってしまったら、それはそれできっとつまらねーんだろうな」
「沢崎さんは、全部が上手くいったらつまらないと思う派ですか?」
「ああ、つまらないと思うね。勝つと分かってる喧嘩なんてつまんねーからよ!」
清々しい程に沢崎さんらしい回答。ブレない発言に私はすんなり納得してしまう。
「……なるほど、沢崎さんらしいですね」
「やっぱ骨のあるヤツとやりてーよな! 喧嘩は!」
指の骨を鳴らしながら、そんな野蛮なことを言い始める沢崎さん。
「さっきのあいつ、柏餅だっけ? なんか財閥とか言ってたけど」
「……柏木さん、ですね。私も聞いたことはないですが、きっとお金持ちのお嬢様なんじゃないですか?」
彼女の存在を私は、どことなく認知していた。決まってあの二人を毎回連れて歩いている、傲慢にして不遜。自分の意見こそが絶対、そんな印象。
「金持ち……ねぇ。それこそ、あいつは全てが思い通りになる人生を歩んできたんだろうな」
「そうかもしれません」
「ま、弱いヤツのことなんてどうでもいいさ。またふざけた真似しようもんなら、その時は駿河湾に沈んでもらうだけだ」
「……沢崎さんの場合、本当にやりそうなんでやめてください」
割と目が本気な沢崎さんに、私は一応念を押しておく。この人の場合、カチンと来たら本当にやりそうなので怖い。
「大丈夫、五分くらいで許してやるから」
「いや、十分死ねますからね? 手加減になってないですから。はぁ……仕方ないですね、ミニドリップの従業員から犯罪者を出したくないので、沢崎さんはクビ、ということで……」
「ご、ごめんって! 嘘嘘! 冗談だってば。俺がそんなことを本気でやるわけないだろー?」
慌てて前言撤回し、あたふたしながら謝罪の意をみせる沢崎さん。
「これまでを振り返っても、十分やりそうだから言ってるんですよ」
「マジかよ……そりゃないぜ春姉ー……」
わざとらしくうなだれる彼女に私は、若干の可愛らしさを感じながらもこの後のことを考えていた。
「冗談はさておき、今日は出勤出来るんですか?」
「ん? おう、何時からでもいいぜ!」
「夏休みは終わってしまいましたけど、大丈夫なんです?」
もしかしたら、休みの期間だけバイトをしたかったなんてこともある。ふと気になった私は、思い付きでそんなことを聞いてみる。
「むしろ、これからも積極的にシフトを入れたいくらいだ。ミニドリップで働くのも面白いし、愛姉さんの話も聞けるしな! あ、もちろん春姉がいるからってのもあるぞ!」
「べ、別に取って付けたように私を入れないで良いですよ。とりあえず、承知しました。仕事を覚えてもらうためにも、平日入れる時は積極的にお願いしたいと思います」
「良いのか? それはありがたい! っしゃー今日から新学期、仕事頑張るぜー!」
「……学生の本分は勉強ですよ」
張り切る沢崎さんをよそに、私は呆れ顔でツッコミをいれる。
バイトに精を出して勉強がおろそかになってしまったら、目も当てられない。
「まあでも、バイトにかまけて中退というのは……とても不良らしくて良いですね」
顎に人差し指を当てながら、私はそんなことを考える。しかし沢崎さんのキャラであれば、やはり暴力沙汰で退学がセオリーだろうか。
「ふっ! 退学が怖くてバイトなんかやってられるかってな!」
「良いですね、その意気ですよ沢崎さん。やはり不良はこうでないと」
朝の白井さんの台詞を思い出しながら、私は沢崎さんの言葉に同意する。このブレなさを、是非とも彼女には学んでほしいものだ……なんて。
先程教室であった、気分の悪い出来事なんてすっかり忘れ、私と沢崎さんは体育館に辿り着くまで、そんな下らない話に花を咲かせていた。
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