五章 裏切りの呪術師⑤

「う、嘘だ。私が積み上げてきた計画が水の泡に……。こんな奴らに崩されただと……」

 神野は、壊れた装置を見て、うわ言のようにそう呟く。

「神野浩介、投降しろ」

 景虎が、神野に銃を突きつけ言う。

 だが、そんな言葉聞こえてすらいない様子でずっとぶつぶつ呟いている。

「神野浩介!」

「そうだ。私の崇高な計画を潰した貴様らだけでも、殺さないと気が済まない!」

 急に顔を上げ叫ぶと、ハクに向かって声を荒げる。

「命令だ! 奴を、西条正人を殺せ!」

 命じられたハクは、俺に向かって、真っ直ぐ突撃してくる。

「西条正人!」

「俺のことは気にするな! さっき話した通り、神野とその式神を抑えてくれ!」

 景虎は俺のことを心配しているようだったが、景虎にはさっきの土の式神が襲ってきている。

 俺の声を聞いた景虎はすぐに土の式神の対処に回る。

「さあ、ここからが正念場だぜ」

 自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 ハクの攻撃を躱しながら、床に落ちている札を使って妖術で牽制していく。

 ハクとまともに正面からやり合うだけの力はもう残されていない。

 だが、ここでハクをどうにかできなければ俺も景虎も倒されて全滅だ。

「どうにかして、あの状況にもっていかねえと」

 ハクをどうにかする作戦は、一つだけ考えてある。

 だが、それを実行する所に持っていくのは、かなり難しい。

 それに実行できたとしても、かなりの博打となる。

 ハクの攻撃を躱しながら、その状況になるよう誘導していく。

 が、ハクの速さに俺の身体がもう付いていけていない。

「まずいな」

 このままでは、作戦を実行する前にやられてしまう。

「正人! もうこれ以上は……」

「待て!」

 銃を向け、ハクを祓おうとする景虎を叫んで静止する。

「まだ大丈夫だ! 俺を信じろ!」

 やせ我慢だ。もう身体は限界に近い。

 妖力も既に尽きかけている。

 それでも、俺は……。

「はっはっは! 西条正人、あなたは本当に凄い。凄い大馬鹿者だ。私に操られて連れてこられた妖怪のためにまだ命を張るなんて。……おかげであなたは殺せそうだ」

 嘲笑う神野を無視する。

 確かに俺は、馬鹿なのかもしれない。

 普通の人間は、こんなことで命なんて張らない。

 分かっている。でも……。

「九音なら、絶対諦めないから」

 俺は、ハクの蹴りを真正面から受け止める。

 そこから数メートル後ろに飛ばされる。

 すぐにもう一回追撃が来る。

 こちらに目線があった時、ハクの目に光が宿っていた。

 ハクは、そのまま俺に向かってくる。その時、少し口が動いた。

「こ……ろ、して」

「……!」

 その攻撃を躱して、横に飛ぶ。

 そこは、ちょうど先ほど天井を壊したときにいた場所だった。

 悲しそうな表情で今もハクはこちらを見ていた。

 そして、俺を殺すために近づいてくる。

 本当は俺を殺したくない。なのに、どうしようもなく神野の言いなりに動いてしまう自分に絶望しているのだろう。だから、ハクは俺に殺して、と言ったのだろう。

 分かっている。だが……。

「断る!」

 だって、俺はハクと約束したから、絶対助けると。

 だから、そのために俺は最後まで戦う。

 ハクが真っ直ぐ突っ込んでくる。

 俺は白い札を真上に投げ、眩い光を放出する。

 その眩い光に俺以外の奴らは全員目を閉じる。

 そんな中でも、ハクは真っすぐ俺に向かってくる。

「待っていたぜ、この時を」

 光が止むと同時に、真っ直ぐ向かってくるハクを抑えつけるように倒れこむ。

 周りに五色全ての札を並べ、親指を噛む。

 親指から垂れてくる血で、ハクの胸元に術式を書いていく。

「何をするつもりだ。……まさか」

 そう、そのまさかだ。

「隷従契約だと!」

 胸元に書いたのはさっき見た隷従契約の術式だ。

 隷従契約でなら、契約の更新を行える。

 ハクの手足をぎっちりと抑え込み、胸元の術式に妖力を流し込んでいく。

「いや、だが、そうさ。西条正人、今お前が持っている妖力じゃ、どんなに頑張っても契約の更新は起きない! 全て無意味なんです!」

 動揺していた神野は、落ち着きを取り戻し、嘲笑う。

 確かに、俺の妖力はこれまでの戦いで尽きかけているし、もし仮に俺の妖力が満タンだったとしても、妖力の多い神野の隷従契約を更新することなどできない。

 だが、今なら手はある。

「全ての妖力よ、俺の下に集まれ!」

 そう言うと、これまで床に撒いた札が光り出す。その光は近くの札と次々繋がっていき、俺の下にある五枚の札に集約されていく。

「まさか、装置に集めていた妖力を……」

「そういうことだ。どんなにお前の妖力が多くても、流石にこの装置を動かす程の妖力なら契約の更新なんて余裕にできるよな」

 俺の札には、妖力を溜める性質と妖力を放出する性質、札同士を繋ぎ合わせる性質がある。

 俺の妖力を少しだけしか込めていない札をばら撒くことで、壊した際に漏れ出た妖力を集めた。

 その全てを俺の体内に取り込み、それをひたすら術式に込めていく。

「そんな馬鹿な。妖力は体内の妖力器官で自分に合った妖力の性質に変換していく。その変換された後の妖力を取り込むと、自分の妖力と反発しあう。そんなことをすれば、どんな副作用が起きるかも分からないというのに……。ありえない」

 基本的に使える妖力は、自分が持つ妖力に限る。無理矢理、他者の妖力を取り込めば、反発しあい、下手をすれば死んでしまう。

 だが、妖力が昔から少なかった俺は、九音の妖力を借りて戦うことをしてきた。

 他の人よりは耐性があるはずだ。

「こんな、こんなことがあっていいはずがない!」

 土の式神が俺の方に出てくる。

 土を岩のように固めた弾を俺に向かって放った。

 どうやら、何としてでも俺を止めたいらしい。

 土の式神の攻撃を対処するような余裕は残念ながら残っていない。

 そのまま、俺は術式に妖力を込め続ける。

 このままじゃ当たる、その時だった。

「ふんっ」

 景虎が放った弾丸が岩の弾を木っ端みじんに砕く。

「こいつの邪魔をしたければ、俺を倒してからにするんだな」

 土の式神の前に立ちふさがる様に、景虎が割って入る。

 そして、二丁の銃で攻撃して完全に足止めしてくれる。

「ありがとな」

 小さな声で呟く。

 後もう少しで隷従契約を更新できる。

「やめろ……。やめろ……。やめろ!」

 神野が祈るように小さな声で唱え続けるが、それでも徐々に神野が付けた術式にひびが入っていき、そして……。

 パリンッ。

 割れるような音と同時に神野の隷従契約をしていた術式が消え去った。

「あり……が、とう、なの」

 消え去るような声でハクが言う。

 その表情はどこか明るかった。

「どういたしまして」

 俺は笑いかけながら、そう返した。

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