五章 裏切りの呪術師➃
「おっと、危な」
慌ててハクの拳を躱す。
戦闘が始まって五分ほど経っただろうか。
未だに膠着状態が続いており、若干こちらが押されている状況だ。
特に、景虎の負担が大きい。相手は格上の八咫烏第三烏、しかも景虎は先ほどの俺との戦いでのダメージも大きい。
ハクの猛攻の隙をついて、俺も神野に攻撃しているが、ハク自体、あまり隙が無い。
手数も当然ながら相手の方が多く、しかもこっちは装置の発動に必要な妖力が溜まり切る前に、奴らを打倒、もしくは装置を破壊しなければならない。
「きついな」
装置のメーターが上がる速度を見るに、装置の妖力が溜まり切るまで、後十分もないはずだ。
それまでにどうにかしなければ。
「……」
「くっ」
考える暇もなく、ハクが襲ってくる。
俺は白い札を投げる。
前と同じく、目眩まし目的だ。
今、景虎は俺達の方を向いていないが、神野はこちらの方の戦闘も視覚に入っている。今なら、景虎のアシストもできるはずだ。
光を放つ瞬間、目を閉じて右に避ける。。途中で札を数枚投げ、攻撃手段を増やす。
だが……。
「うがっ!」
あの眩い光の中で、避けた俺の腹部に蹴りを入れる。
吹っ飛ばされ、壁に激突する。
「マジかよ」
目眩ましも全くの無意味だった。
超人的な感覚を持っている妖怪にとっては、視覚を奪われる程度、どうとでもなるのだ。
「……」
しかも、今は神野に完全に操られているので感情の起伏も感じない。
ただただ無表情で、実直に俺を倒すための動きをしているだけだ。
それだけなら、罠にかけられそうだが、ハクは自身の超人的な感覚で、俺の罠を全て壊していく。
ハクを攻略しなければ、この戦いに勝ちはない。
だが、それがかなり遠く見えた。
「祓うだけなら楽なんだがな」
祓うだけなら、まだ勝算はある。
だが、俺はハクを助けると約束をしている。最後の最後になるまで、諦めるわけにはいかない。
壁近くで倒れている俺にもう一撃攻撃してくるが、咄嗟に横に回避する。
「さて、どうしたものか」
こういう時こそ、冷静に状況を見なければ。
まず、状況を整理しよう。
俺の目的は、装置を使用させないこと、そしてハクの隷従契約を解くことだ。
ハクの隷従契約を解くためには、契約した術者に契約の解除をさせるか、契約対象の術者を殺すか、契約の更新を行うかだ。
一つ目は、神野が契約を解除することはないから、無しだ。捕まった後なら、契約の解除は本人の意思を問わずできるが、今この場ではできない。
二つ目は、夜烏としては北条契約書がどこに流出したか突き止めたいため、神野を生け捕りにしたいはずだ。神野を殺すことは最終手段といえる。
三つ目は、契約の更新だが、従来の契約による更新では隷従契約には効果がない可能性が高い。それに行えたとしても、契約の更新ができるだけの妖力を持ち合わせていないため、これも無理だ。
ハクをどうにかしたいが、どれも今この場でできることではない。
「正人! 後ろだ!」
景虎の声がして振り返ると、先ほど神野が使った式神の烈火がいた。
烈火は名前通り、火属性に特化した妖怪のようで式神自身も燃え盛る炎で身体ができていた。
「まずい」
急いで黒色の札を三名投げ、烈火の放つ炎を相殺する程の水で防ぐ。
そして、黒色の札を五枚追加で投げ、烈火を囲うように配置する。
急いで囲いから出ようとするが、その瞬間に散らばった青色の札を使い、風で退路を塞ぐ。
その隙に黒色の札五枚で妖術を発動する。
「水牢!」
上級妖術、水牢によって烈火は、身体の炎が消えていき、消滅した。
「これで一体減ったな」
だが、油断はできない。
後ろからのハクの攻撃を回避して、赤い札による火の玉で攻撃する。
が、それはすぐ躱された。
「一つ破壊した所でまだ私の式神はありますよ。雷同、行きなさい」
新たに身体に電気が迸る式神が出現した。
一回に出せる式神は三体までのようだが、奴は元々十体の式神を持っていたはず。
戦闘用の式神がどれだけあるかは分からないが、まだきつい。
「せめて、妖力が尽きてくれれば、どうにかなるのにな」
神野もあの装置も妖力さえ無くなれば、大したことはない。
「妖力さえ無くなれば」
一つ作戦を思いついた。
チャンスは一回きり、どうにかしてその一回をものにする。
「とりあえず……」
ハクの蹴りを受け止め、その瞬間に辺りに札を撒く。
その内の青色の一枚を使い、電撃を起こす。ハクが下がった内に景虎と戦闘している神野の式神、流水に向かって、青い札を五枚投げる。
「雷槌!」
流水の近くにいた景虎は、俺の妖術に気付き一瞬で飛び退く。
流水も必死で逃げるが、効果範囲の広い雷槌からは逃げきれず、その一撃により消滅する。
「急に攻撃してくるな。危うく死ぬところだったぞ」
「もう時間がないんだ。合図する暇なかったんだ。許せ」
景虎は少しムッとしたようで怒るが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「ハクを祓うことも視野に入れるべきじゃないか。俺の術式は、奴ら完全な元素妖怪には、相性が悪い。このままじゃ、時間までにどうすることもできないぞ」
元素妖怪、奴の式神のように炎、水、雷といったその属性のみで身体を構成する妖怪のことだ。
奴らは、弱点の属性で攻撃すれば一瞬で消滅するが、それ以外の攻撃のダメージは少なくなるという性質がある。
ただの無属性の妖力の弾で攻撃する景虎の術では、いくら高威力といえど、一撃で祓うことはできない。
「俺に作戦がある。景虎には、護良をどうにかしてもらいたい」
離れた所にいる神野に聞こえないよう小さな声で景虎に作戦を伝える。
護良は、元素妖怪ではなく、戦闘に参加せずに、あの大きな装置の前で守っている式神だ。
おそらく、防御の妖術に特化しているのだと考えられる。
「なるほど、装置を壊すつもりか」
「ああ。装置を破壊する妖術の準備はしている。後は……」
「前にいる式神をどうにかするだけ、か」
防御特化の式神ならば、景虎の高威力の弾じゃなければ厳しい。
「分かった、何とかしよう」
「タイミングは任せる。今から三分以内にどうにかしてくれ」
おそらく、もう後五分ぐらいしか猶予がない。
「それから……」
「……何? 何をするつもりだ?」
最後にもう一つ作戦のためのお願いをして、ハクと雷同の攻撃を躱すため離れる。
俺のお願いに戸惑った様子の景虎も遅れて躱す。
そして、俺はハクから離れ、神野に向かって、赤い札を三枚投げる。
大きな火球が神野を襲うが、それは新たに現れた身体が土でできた式神によって防がれた。
「あなた方の行動は無駄ですよ。私の式神を残りの時間で倒しきるなど、不可能です。ましてや、装置の破壊なんて絶対できません」
自信満々の神野を他所に、俺は少しずつ札を撒いていく。
あと四分。
札は部屋の半分に散らばっていた。
もう半分には、鎖で繋がれた人々がいるが、そこにはハク、雷同、土の式神によって阻まれて、札を置くことはできなかった。
装置の周りも護良の守りで置くことができなかった。
あと三分。
札ももう少なくなってきた。
だんだんハクとの近接戦に持ち込まれてきている。
ハクと近接戦で戦っても、まず勝てない。
あまり使いたくないが、下にある三枚の赤い札を使って、火を起こしけん制する。
この隙に景虎と戦っている雷同に黄色の札を五枚投げる。
黄色の札は五大属性の地属性にあたる。
それの上級妖術土流槍を放つ。
土で出来た槍が雷同に突き刺さり、消滅する。
「今だ!」
叫ぶと同時に、景虎が護良に二丁の銃を向け発砲した。
護良は、それに合わせて、妖力で出来た盾を形成するが、二発の弾がそれを突き破り、護良を破壊した。
「なっ」
驚いた様子の神野を無視して、青色の札五枚を使い、雷槌を繰り出す。
あと二分。
ハクは装置から一番遠い所にいる。もし、こちらに近づいても、下に落ちてある札でどうにかできる。
神野も同様だ。
もう誰もこの攻撃は止められない。
「行けええええ!」
雷槌は真っすぐ、装置に向かって飛んでいき、そして装置の前で弾けた。
「何っ」
装置の前を見ると、小さな式神が倒れていた。
「はっはっはっは! 最高ですね。勝ちを確信した者をどん底に落とすのは」
高笑いしたのは神野だった。
「私は元々三体ではなく四体の式神を出していたのですよ! 今の式神は明光。透明化する妖術を使う隠密に特化した式神ですよ」
やられた。俺達の目の前で三体の式神を出すことで、もう一体の式神の存在を隠していたのか。
ここはあの大きな装置の影響で妖力を感知することは難しい。
それもあって、もう一体の式神に気付けなかった。
あと一分。
「これで詰みですね。もう誰も私を止められない!」
装置の前には、いつの間にか土の式神がいる。
景虎が銃で装置を攻撃するが、土の壁でそれは阻まれる。
土の式神がいる中で、攻撃を通すのは難しい。
「ああ、これで詰みだな」
「正人、何を言っている! 俺達が諦めるわけには……」
「負けを認めましたか。最後は共に散りましょう! 新時代のために!」
高らかに宣言する神野の声が聞こえる。
それを聞いて、少し安心した。
「……」
無言で赤色の札を投げる。
装置にではなく、装置の前くらいの天井に。
「……何を」
神野は突然の俺の行動に戸惑う様子だった。
横にいる景虎も同様だった。
「ああ、これでお前の負けだ。神野浩介!」
赤色の札が天井に触れた瞬間、爆発した。
そこから青色の札が五枚ひらりと落ちてくる。
ここからが勝負だ。
まず、俺は十数枚の札を装置に向かって投げる。
そして、青色の札五枚を繋ぎ合わせ、術を発動する。
「雷槌!」
自身の妖力的に撃てる最後の一回だ。
この一撃に妖力を振り絞る。
そして、放たれた雷槌は、土の式神の作った土流壁を貫通し、あの装置を貫いた。
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