五章 裏切りの呪術師➂

「ここが、例の部屋のようだな」

 重々しい扉の前に立っていた。

「準備はいいな?」

「大丈夫だ」

 景虎と共に扉に手を当て、押していく。

 扉が開くと、そこにはハクと夜烏の制服を着た細身の男が立っていた。

「八咫烏第五烏、中嶋景虎さん。京都事変の英雄、西条正人さん。ようこそというべきでしょうか」

 細身の男は笑みを深めながら、そう言った。

 奴から感じ取れる妖力からただ者じゃないことが分かる。

「やはりお前だったか、神野浩介。早く拉致した人々を開放しろ! でなければ、今ここでお前を殺す」

 景虎は、すでに銃を構えており、戦闘態勢に入っていた。

「いきなり怖いもの向けないでくださいよ。でも、いいんですか。私を殺して?」

「……どういう意味だ?」

「夜烏が裏切り者の私を殺したいのは知っています。だが、あなた方はもう一つ目的があるのではありませんか?」

 もう一つの目的、それは奴が盗んだ北条秘伝書の回収だったはずだ。

「北条秘伝書はすでに私の手元にはありません。他の誰かにすでに渡したんですよ。困りましたねえ。私を殺せば、北条秘伝書の回収は難しいですよ」

「くっ」

 北条秘伝書は危険すぎる。

 それが流出したとなれば、多くの人々に被害が及ぶ事件が起こされてもおかしくない。

 この一手によって、神野浩介を殺すという手段が封じられてしまった。

「それに今の私は、七人もの人質がいるのですよ。あなた方が殺そうとすれば、彼らも殺します」

 神野の後ろには鎖で繋がれた七人の姿があった。

 その中には、茜や美鈴ももちろんいる。

「どうですか? あなた方に手を出すことは不可能……、っていきなり何をする!」

 青い札を投げて風刃によって神野を攻撃する。

 すぐに気付いて躱すが、これで怒ったようだ。

「正人、何を?」

「景虎、こいつの口車に乗せられすぎだ。神野がここにいる人質を殺す可能性は低い。だって、こいつらがいなければ、そのでっかい装置の妖術を発動できないからな」

 部屋のど真ん中にある大きな装置を指さす。

 装置の横にあるメーターが溜まっている妖力量だろうが、九割を超えた所のようでまだ完全に溜まり切っていない。

「そいつらを殺せば、俺達を倒したとしても、お前は自分でそこのメーター分の妖力を溜めなければならない。だが、俺達を倒した頃には、増援が到着する。そうなれば、お前の計画も水の泡になる。だから、お前は俺達からその大きな装置と鎖に繋がれた奴らを守りながら戦わないといけない。違うか?」

「なるほど、流石は京都事変の英雄ということでしょうか? 中々知恵も回るようで。そうですね、私は確かにそこのメーターが溜まり切るまで、あなたたち二人を抑えておく必要がある。でも、それが知られた所で私の勝利は揺らぎませんが」

 神野の言う通り、俺達に分が悪い。

 神野が装置と拉致した人々を守らないといけないといっても、俺たちが人々を攻撃することはできないため、実質守る必要があるのは装置だけだ。

 奴には式神とハクがいるから、装置を守り切れる自信はあるのだろう。

「神野、分かっているのか? それを使えばお前も含めて皆……」

「死ぬのでしょう。知っていますよ。おそらく半分以上の生命は死ぬことになるでしょう。ですが、それが何だというのです。妖力を消し去ることができれば、これからの未来、妖怪、呪術師による被害は永遠に無くなる。それだけの人数が生きていれば、今の半分の犠牲など、未来の妖怪による被害を考えれば、大した犠牲じゃない。それに、妖怪がいなければ、祓い屋という存在が不要となる。これから先、祓い屋などという者がいなくても済み、呪術師などといういかれた連中が生まれることもなくなる。最高ではありませんか」

 狂っている。

 何がこいつを一体そこまで狂わしたのだろう。

「つまりお前は、妖怪や呪術師を消すために、半分以上の生命を殺す。そいうことか?」

「ええ、人も動物もまたすぐに増えていきます。今この時の犠牲でこれから先、一切の妖怪による犠牲を断ち切ることができる。私の弟は、京都事変で殺されました。弟を殺したのが、妖怪か呪術師かどちらかは分からりません。ですが、妖力が無ければ、そもそもそうした存在が生まれることはなかった! 今回の私の計画は、京都事変のような悲劇を二度と起こさない理想の世界へ生まれ変わるための犠牲なのです。神もこの行いを許してくださるでしょう」

 京都事変、祓い屋も一般市民も多くの犠牲が出た。

 身内で死者が出ていてもおかしくない。弟の死が神野の人生を変えてしまったのだろう。

 だが、この事件を肯定する理由には決してならない。

「神野、お前のやり方は間違っている。お前のやり方では誰も救えない」

「ふん、景虎、相変わらずの正義感ですね。ですが、私は端から理解してもらおうなどと思っていないのですよ。流水、護良、烈火、行きなさい!」

 一気に三体の式神を放つ。

 それと同時に、ハクもこちらに向かってくる。

「景虎、神野はお前に任せた。俺はハクをどうにかする」

 向かってくるハクの方に駆けだしながら、そう告げた。

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