五章 裏切りの呪術師➁

「ここが夜烏第五研究棟ねえ」

 夜烏第五研究棟の前に来て、西条正人はそう呟いた。

 俺も初めて来たが、思ったより広そうだ。

 聞いたことのある話によると、三階建てで地下二階まであるらしく、実質五階分の広さがあるらしい。

「ここを探索するとなると、苦労しそうだ。どうする? 二手で分かれるか?」

「いや、二人でまとまって行動した方が良い。相手には人質もいるし、俺も景虎もハクと八咫烏の第三烏をまとめて相手するのは無理だ」

 正論だ。俺自身一人で奴らに勝てるなど思えない。

「それに、神野がいるとしたら地下だ。地下だけなら二人でもすぐ捜索が終わる」

「なぜ、地下だと断定できる?」

 そう疑問を口にすると、少し呆れたような顔をして、こう返ってきた。

「まず、基本的に大規模な実験をする部屋は地上には作らない。次に、窓があるのに光が漏れている様子がない。最後に、ここが廃墟となった研究施設であることだ」

「最初の二つは分かるが、最後のはどういう意味だ?」

 最初の二つは理解できる。

 一つ目は、大規模な実験をする場合、失敗による被害を最小限に抑えるため、地下施設にそうした研究室は作られることが多い。特に、多量の妖力が放出されると、妖力が全くない一般人に深刻な被害が起こる可能性が高い。実際、京都事変では多量の妖力に当たり、体調不良になったものや倒れるものが多く、それにより死んでしまうものも少ない数だがいた。

 そうした被害を防ぐため、地下の妖力を持っている者しかいない空間で行うことを義務付けられている。

 二つ目は、見た通りだ。電気が点いていないのも明白だ。もしかしたら、中の中心部に光を遮るような部屋があるかもしれないが、地上にある階にいる可能性は少ないといえるだろう。

 だが、最後のだけは分からなかった。

「なぜ、夜烏第五研究棟が潰れたと思う?」

「昔、資料で見たが、詳しい原因が分からないが、何やら研究中に事故があったと聞いている」

「詳しい原因が分からないってことは、大体その研究が危険と判断したから、その研究を無かったことにするために潰したという可能性が高い。実際、過去にそうした施設があったからな」

「……」

 そう言えば、昔からこいつは高難易度の任務を何個も任されていた奴だった。

 そうした事例にも、その時に当たったのだろう。

「多分、その研究が神野の目的に関係していると思う」

「もし、そうだとすれば地下の可能性が高いな」

 そういうわけで、俺達は中に入って地下の階段を下りた。

「聞きたかったんだが、神野浩介はどんな祓い屋なんだ?」

 突然、西条正人が聞いてきた。

「急にどうした?」

「いや、俺は神野浩介が八咫烏の一人だったことは知っているが、どんな戦い方をする奴かは知らないんだよ」

 それは盲点だった。

 五年前十席だったこいつが、当時から八咫烏として活躍していた神野浩介を知らないとは思わなかった。

「神野浩介は、八咫烏第三烏、つまり夜烏で三番目に強い陰陽師だ。使う妖術は式神術だ。俺も全ての式神を知っているわけではないが、全部で十体の式神を所持しているらしい」

 八咫烏の序列は任務などの貢献度もあるが、基本的には戦闘力で判断されている。

 夜烏のトップに立つ男を除けば、神野浩介は三番目に強い。

 妖力量も高く、複数の強力な式神を同時に使うことができる。

「全部が攻撃に特化した式神ではないと思うが、非常に強力な式神が多い。俺は何度か神野浩介の戦いを見たが、あれは蹂躙と言ってもいい」

「なるほどな。かなり面倒くさそうだ」

 そう言いながら、西条正人は足を止めた。

「どうした?」

「ちょっとな」

 西条正人は下に落ちている資料の束を拾った。

 中を覗いてみると、この研究施設の見取り図だ。

「やはり、お前の予想通り、地下二階に大きな部屋がある。ここに神野浩介がいる可能性が高そうだな」

「そうだな」

 返事をするが、どこか上の空だ。

 資料の束を何枚かめくりながら、内容を読んでいるようだった。

「おい、どうした?」

「あ、悪い。それで他は……ここで行われた研究資料みたいだな」

 正人が、俺に資料の束を差し出す。俺はそれを手に取り、内容に目を通していく。

『十月五日。今日から本格的に実験が始まる。研究内容は妖怪を祓う新たな武器の開発だ。妖怪の構造を詳しく見ていくことで妖怪の新たな共通の弱点を探ることが本研究の目的の一つだ。……十一月十三日。これまでの研究で妖怪の共通の構造は、身体の構成要素のほとんどが妖力で出来ているということだった。そんな当たり前のことしか分からず、所長は頭を抱えていた。もしかしたら、この研究はここで終わるのかもしれない。……十一月十五日。所長がとんでもないことを言い始めた。妖怪の構成要素が妖力ならば、空気中にある妖力自体を無くすことができれば妖怪を撲滅することができるのではないかと。妖怪以外の生命は、空気中の酸素が無くなれば死んでしまう。同じように、空気中の妖力を無くせば妖怪も全員死ぬはずだ。……一月十九日。ついに空気中の妖力を消す装置を開発した。妖怪をいれた小さな部屋の妖力をその装置で全て消した所、一分十六秒で妖怪は消滅した。この装置を使うには多大な妖力が必要だが、これなら強力な妖怪でも瞬時に殺すことができる。所長は、これを日本全域に行えるよう、装置の大型化を命令した。三月四日。この研究の理論の大きな欠陥が発覚した。マウスでの実験で、同じように部屋の中の妖力を全て消した所、五体いる内の三体のマウスが死んでしまった。原因を探ると、この三体のマウスに共通することは体内に妖力を溜める器官ができていたことだった。つまり、妖力に全くの適正のない一般人以外は、この装置を使えば全員死んでしまうのだ。所長は、悔しそうにしていたが、この研究は絶対だめだ。夜烏本部に報告しておかなければ……』

 ここで、資料は終わっていた。

「妖力を消し去る装置か。こんなものが使われたら、日本の人口の半分は死ぬな」

「ああ。妖怪が見えなくても、半分以上の人が、妖力器官が体内にある」

 絶対止めなければ。

「この研究が行われたのも地下二階のようだな。急ぐぞ」

 そう言って、俺は走り始めるが、西条正人は動かない。

「何をしている?」

「……何でもねえよ」

 振り返り声をかけると、すぐに立ち上がって俺に付いて走り出した。

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