五章 裏切りの呪術師①

「くそっ、やられた!」

 地面に両手をつき、項垂れる。

 景虎を連れ去られるのは阻止したし、影の妖怪は封印した。

 最悪の事態も何とか回避した。

 しかし、そう思わずにはいれなかった。

 隷従契約の可能性になぜ、もっと早くに気付けなかった。

 風真の言う通り、そもそも最初の時点で契約を使っていれば、気付けたはずだ。

 隷従契約は普通の契約の上位互換だ。契約を最初から結ぼうとしていれば、契約が無効となり、隷従契約について気付くことができたはずだ。

「……また、俺のせいで」

 京都事変のときもそうだ。

 自分勝手な私情のために、九音を失った。

 今回もそうだ。

 過去の契約に囚われ、自白の香でハクの証言を鵜呑みにしてしまった。

 他の可能性を考えず、考えを一本化してしまったことで相手の思うどおりに動いてしまった。

「くそっ!」

 後悔だけが滲み出る。

 五年前と同じだ。

「……いや、同じじゃない」

 そうだ、まだ間に合う。

 茜もその他の被害者も裏にいる呪術師の目的が妖力であるならば、今も生きている可能性が高い。

 それにハクもまだ死んでいない。

 京都事変と違って、どうにかできるチャンスはまだある。

「助けるって約束したんだ。まだ折れるわけにはいかない」

 立ち上がって、すべきことを考える。

 スマホを取り出して、電話をかける。

「もしもし、今大丈夫か?」

『意外と早くに使うことになったね』

 電話に出たのは、風真だった。

 まさかこれほど早くに、この電話番号を使うことになるとは思わなかった。

『どうしたの? 忙しいけど、用件だけは聞くよ』

「風真が捜索している神野浩介について聞きたいことがある」

『神野浩介について? 神隠し事件について調べてたんじゃなかったの?』

「急いでいるんだ。まず、神野浩介は見つかったのか?」

『見つかってたら、こんなに忙しくはないよ。あの情報は間違いだった。皆してまんまと騙されたってわけさ』

 風真によると、神野浩介を見かけたという情報があったらしい。

 それで行ってみると、実際は神野浩介の姿に化けたただの狸の妖怪だったらしい。

『契約の術式も現れていたけど、普通の契約とは違う感じだった。おそらく隷従契約によるものだね』

「やはりそうか。北条秘伝書は見つかったのか?」

『いや、それについてもまだだね。呪術師組織に流れていないかも調べているけど、まだ進展がない感じだ』

「なるほどな。……まだ確証はないが、おそらく神野浩介が神隠し事件を起こした犯人だ」

『えっ、どういうこと?』

 風真にこれまで起こったことを説明する。

『……なるほどね。確かに、神野浩介が犯人の可能性は高いね』

「今から人を動かすことはできるか?」

『流石にきついね。俺一人で動くことならできるけど、他の十席に話すとしても、今全員散り散りになって捜索しているのが現状だし、居残り組も協力を取り付けるの難しいと思う。夜烏に至っては、俺からその話をしたら、ややこしい話になる気しかしないし』

 確かにその通りだ。

 蓬莱は夜烏に神隠し事件について調べるな、と言われているのにも関わらず、そんな話が出れば、内輪揉めになりかねない。

『一応、朝陽市に向かうけど、かなり時間がかかると思う』

「分かった」

 そう言って、電話を切った。

 相手がもし神野浩介だとしたら、ハクのことも考えるともう少し戦力が欲しい。

 だが、今すぐ動ける戦力なんて……。

「……あ」

 考え事をしながら、辺りを見回していると、地面に寝転がっている景虎を見つけた。

 景虎は八咫烏の第五烏だ。戦力としては十分だし、神野浩介についても俺より詳しいだろう。

 五年前の時も、八咫烏に神野浩介はいたが、あまり接点がなかったため、どんな妖術を使うか、まるで知らない。

「おい、起きろ」

 揺さぶってみるが、起きない。

「起きろって」

 強く揺さぶってみるが、起きない。

「起きろ! 起きろ!」

 さらに強く揺さぶるが、起きない。

「こうなったら……」

 こんな所で時間を食ってる暇など今はない。

 拳に力を込め、景虎の腹部を狙って殴る。

「げほっ」

「やっと起きたか」

「何をする!」

「助けてやったのにそれはないんじゃないか」

 覚えていろよ、と呟きながら腹部を抑える。

 結構痛かったようだ。

「で、何があった? あの二体の妖怪はどうなった?」

「影の妖怪はこの壺に封印した。……ハクには茜を連れ去り逃げられた」

「だから言ったはずだ! あいつは危険だと」

 景虎は怒ったようにそう言う。

 確かに、俺の先入観のせいで大きな齟齬が起きたが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「お前と交渉がしたい」

「……交渉だと」

「ああ。俺が提示できるのは、今ハクがいる場所の開示と犯人を捕まえるための協力だ。その代わりにハクの処罰をやめて欲しい」

「話にならん。今回の事件は大きくなりすぎた。犯人が呪術師であったとしても、実行犯の妖怪の処罰は覆らん」

「普通ならな。だが、今回の場合は別だ」

「どういう意味だ」

 ハクを助けるためには、景虎の協力なしではできない。もし隷従契約を解除できても、実行犯として処罰されれば、ハクを助けることができない。

「今回の犯人が神野浩介だった場合さ」

「何⁉」

「景虎はすぐ眠らされて気付かなかったかもしれないが、二人とも隷従契約で操られていた。隷従契約で操られた妖怪を処罰するのは、蓬莱との衝突に繋がると思うけどいいのか?」

 今回、ハクが実行犯だということが、夜烏側で広がりすぎている。

 夜烏側を抑えてくれる奴がいなければ困る。

「隷従契約……なるほどな。神野浩介の裏切りが世間に知られるのはまずいし、蓬莱との衝突でこれ以上、夜烏の信用を落とすわけにはいかない。分かった。お前の条件を呑もう」

 理解が早くて助かる。

 蓬莱と夜烏は仲が悪い。五年前、京都事変で夜烏が手柄を横取りして以来、表では平穏になっているが、裏では夜烏はかなり恨まれている。

 これ以上、蓬莱との軋轢は避けたいだろう夜烏には、この手は効く。

「だが、条件がある。今ここで俺とお前をぶつけて、すぐにバレるような時間稼ぎをしたんだ。もう神野浩介の計画は最終段階に入っているはずだ。もし、人命に関わるような事態になったときは……」

「分かっている。その時は俺がハクを祓う」

 人の命に関わる場合、ハクを殺してでも計画を止める。

 俺は、今回ハクの依頼を受けた妖術師だ。ハクを助けるために、他の人の人命が危ういなら、人命の方を優先しなければいけない。その覚悟はできている。

「だから、お前はハクには手を出すな。ハクは俺が相手する」

「分かった。だが、お前が祓えなかったら、俺が奴を祓う。理解しておけ」

 多くの人々の命とハクの命、どちらかを選ぶとすれば、当然前者だ。

 だが、俺はそれでも両方を救うという選択を捨てられないかもしれない。

 それを案じて、言ってくれたのだろう。

「それで、ハクの場所はどこにいる?」

 そう聞かれて、俺はハクを追わせた簡易式神の妖力を辿る。

「簡易式神によると、朝陽大学の近くにある昔、夜烏が使っていた研究施設にいるみたいだな」

「まさか、夜烏第五研究棟か?」

 科学などの研究と同じで、祓い屋も妖力の研究を行うための施設を各地に設置している。妖力にも分からないことが未だに多く、それを解明することを目的としているらしい。

 その内、夜烏が朝陽市に設置したのが夜烏第五研究棟だ。

「現在は、もう使われなくなって廃墟となっている施設か」

「あそこには、妖力を溜め込むための器材とかも置いてあるだろうし、人が立ち入ることもないだろうから、隠れ蓑にするにはぴったりな場所だろうな」

 今までの神隠し事件が、朝陽大学を中心として起こっていたのは、おそらくそこが拠点となっていたからだ。

 拠点から離れすぎていれば、余計に追手にバレるリスクが高くなる。

「とりあえず急ぐぞ。神野浩介の計画が最終段階ならば、増援を期待するのは難しい。俺達二人で乗り込むぞ」

「元々そのつもりだ。頼りにしとくぞ、景虎」

「ふん」

 俺たちは、夜烏第五研究棟へと急いで向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る