四章 窮地に立つ八咫烏➃
「さて、これで大丈夫かな?」
黒い札を使って、辺りに水をばら撒き、火を消す。
景虎は、体を妖力で覆っていたためか、あまり酷いダメージになっていない。まあ、それが分かっていたからあんな術を使えたのだが。
ピクリ、と銃を握った左手が動いた。
左手の銃を蹴り上げる。
「くっ」
「不意打ちできる相手だと思うなよ」
「確かに今の身体では動けんからな」
思ったよりもダメージが大きいようで身体を動かすのもやっとのようだ。
こちらとしても妖力のほとんどを使って倒したので、これくらいにはなってもらわないと困るのだが。
「それじゃあ、お話をしようか」
「こちらとしては、お前に話すことなどないがな」
倒れている景虎のお腹をぐっと踏みつける。
「悪いが、そういう話をしている暇はない。神隠し事件で知っていることをすべて話せ」
「鬼め。俺が言えることもそう多くない。あの白髪の妖怪がこの事件の実行犯だ。それが真実だ」
「それがどういう根拠でそうなったかを聞いてるんだ。蓬莱にもその経緯が報告されていないみたいだしな」
「……やはり蓬莱で確認してきたのか。なら、分かるはずだ。あの妖怪が一番疑わしいことぐらい」
「防犯カメラの映像か? それだけじゃ、確実な証拠と言えないはずだ。現に影を使う妖怪が新たな事件を起こそうとしたしな」
「何⁉」
驚いた様子だが、本当に今ある証拠だけで犯人と断定したのだろうか。
「まさか他にも実行犯がいたということか。いや、もしかしたら……」
「おい、どうしてハクがやったという結論が出た? お前がそこまで決めつけるならそれ相応の根拠があったはずだ」
「……俺は見た。あの日、美鈴が白髪の妖怪に連れ去られるのをな」
どういうことだ。
ハクは嘘をついていないはずだ。でも、景虎が嘘をついているとも思えない。
「はっきり言うぞ。あいつは危険だ。俺はあの時、一瞬相まみえたが、あれは特級妖怪の中でも上位だ」
もし、それが本当だとしたらハクが犯人ということになる。
「俺は自白の香を使って、ハクがやっていないと聞いたんだがどういうことだ」
「自白の香を使っただと。あれは禁術の一つだったはず。なぜ、お前が……」
「そんなことはどうでもいいだろ。それよりお前が知っていることすべて話せ。認識にズレがありすぎ……」
直後、後ろからとてつもない妖力を感じ取り振り返る。
感じた妖力は自分の知っている白髪の妖怪だった。
腕に茜を抱えた状態で俺に向かって足を振る。
間一髪、後ろに下がって何とか回避する。
「……ハク!」
「……」
声をかけるが、無言で更に追撃をかけてくる。
どういうことだ。俺は確かにあいつが嘘を言っていないと……。
「……まさか!」
ハクの胸元が淡く光っているのが見えた。
そこに映る術式は自分が昔見たことのあるものとよく似ており、一瞬固まってしまった。
その一瞬の隙に一撃を食らう。
咄嗟に妖力で守ったが、それでも数十メートル後方に飛ばされてしまう。
「あれは契約に使う術式に似ている。もしかして、あれは……」
どうして俺は、その可能性を考えることができなかったんだろう。
いや、それよりも俺は先入観で物事を考え過ぎていた。
最初の大前提が間違っていたと知っていれば、もっと早く対処できたというのに。
「これは隷従契約⁉」
隷従契約としか考えられなかった。
隷従契約であれば、命令さえあればどのように動かすかも決められ、都合の悪いことを忘れさせるのも術者の思い通りだ。
忘れさせたハクの言葉が嘘でないのも当然だ。
「くそっ。どうすれば……」
ひとまず、この状況をどうにかしなければ。
術者としては、妖力の高い茜を連れ去るのが目的のはず。
茜を助けるためには、ハクを倒す必要があるが、茜という人質がいて、なおかつハク自体も近接戦だけを見れば、俺より数段は上だ。
多分だが術者は、俺と景虎の二人を倒す、もしくは振り切って茜を連れてきてもらいたい、というのが今俺を攻撃している理由のはずだ。
「ちょっと待て。景虎はどうなっている」
さっき景虎が転がっていた方を慌てて見る。
そこには、倒れている景虎とそれを連れ去ろうとしている影の妖怪がいる。
「そりゃそうなるよな」
ハクの目の前にいる自分の駒を助けていないはずがない。
この状況で一番まずいのは……。
「景虎が連れ去られることだ」
今一番、避けなければいけないのは、二人ともに逃げられることだ。
その内、ハクは現状ではどうしようもできない。
だが、影の妖怪ならまだどうにかできるはずだ。
「風刃!」
青い札を投げ、風刃を発動する。
風の刃は影の妖怪だけに全て当たる。
「今のうちに!」
間合いを詰めて、一発殴って影の妖怪を吹き飛ばす。
「景虎は、完全に眠ってるな」
一応、倒れている景虎を確認するが、完全に眠っていて起きそうにない。
「厳しいな」
こいつがいれば、もう少し楽になりそうなのだが。
とはいえ、眠らされたのはこいつが起き上がれないくらいのダメージを与えた俺の責任でもある。今は俺だけでも事態に対応するしかない。
影の妖怪は俺に向かって、突撃してきた。
おそらく、ハクを逃がすためだろう。
この妖怪も隷従契約で操られているなら、俺は祓えない。
「まだ一つ人紙が残っている。それで再度封印する」
もうダメージ的には十分瀕死のはずだ。
捕えるだけなら容易い。
「【人紙よ・かの者を捕縛せよ】」
術が発動して、影の妖怪を縛り上げるが、さっきのように御符術での強化がないためか、少し弱い。
「……何か器があれば」
器さえあれば、その中に封印すればいい。
元々、この術は器ありきの術だ。
基本的に封印術は祓い屋なら誰しも使えるように器も用意しているはずだ。
「あ、そういえば景虎がいたわ」
景虎は陰陽師で、しかも八咫烏だ。
普通なら、持っているはずだ。
というわけで悪いが、服のポケットなど彼の持ち物を探らせてもらう。
そしたら、小さな一つの壺があった。
「かなり小さいが、強度的にもあの妖怪なら封印できそうだな」
この壺を影の妖怪に向けて置く。
「【人紙よ・かの者を封じよ】」
人紙に捕縛されていた影の妖怪が壺の中に吸い込まれていく。
すべてが吸い込まれた後、蓋をする。
「これで封印完了だ」
封印を終えた俺は、振り向いてハクの方を見る。
もう逃げているとは思うが、まだ追いつけるかもしれない。
だが、ハクはその場から動いていないようだ。
蹲って、命令に抵抗している様子だった。
「ハク!」
「……! た……すけ……て」
まだ意識がある。
助けられるかもしれない。
急いでハクの元に駆け寄る。
「う……うっ。……」
蹲っていたハクがこちらに蹴りをぶつけてくる。
咄嗟に受け身を取り退くが、その間にハクは茜を連れてその場から去る。
「くそっ。行け!」
黄色の人型の紙を取り出し、ハクの方へ投げる。
その紙は、ハクと共に暗闇に消えていった。
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