三章 神隠しに潜む影➁

「さて、もうそろそろ動きがあるはずだ」

 現在の時刻は午後五時五十六分。

 事件が起こるとしたらそろそろだ。

「反応があったら動くから、俺に付いてきてくれ。できる限り夜烏に接触しないよう動くためだ」

「分かったなの。でも、中級妖怪は数がいるから、発動も容易じゃないの?」

「いや、それは大丈夫だ。中級妖怪が妖術を発動しない限り、反応はしないように設定してあるからな」

 とりあえず、準備はできた。

 後はこれで妖怪が動くかどうかだが……。

「……反応した! 行くぞ!」

 反応したのは、朝陽大学の西側で、少し市街地から離れた場所だ。

 今、俺達がいるのが朝陽市の西側だったため近い。

「次、左に曲がるぞ」

「了解なの」

 遠回りだが、人通りの多い商店街の方へ曲がっていく。

 人通りが少なく、監視カメラも少ない所は夜烏が多い。

 それなら、人混みに紛れた方がバレにくい。

「よし、ここを右に曲がれば、ちょうど反応があったところだ」

 商店街を抜け、しばらく行った所で右に曲がる。

 すると、誰かにぶつかった。

「痛っ」

「すまん、大丈夫か? 茜じゃねえか!」

「え、正人君?」

 ぶつかったのは、どうやら茜だったらしい。

「ぶつかってごめん」

「いや、悪いのはこっちだ。どうしてここに?」

 今日は土曜日で学校も休みで、部活も昨日の体育館関連の整備でまだ使えないので、なかったはずだ。

「昨日の体育館の整備が終わったから、部活も再開するって昨日連絡があって……」

「なるほどな」

 部活の関連で今この時間なのか。

「今日はちょっと急いでいるから、送ってやれないが気を付けて帰れよ」

「うん、分かった。正人君も気を付けてね」

 手を振って見送る茜に手を振りながら、茜と反対方向に駆けていく。

「ハク、茜が見えなくなったら、茜の後を尾行するぞ」

「えっ!」

 茜が角を曲がっていく姿を後ろに振り向きながら見ると、方向を変え、茜の後に付いて行く。

「なんで急にあの人を追うの?」

「茜は、京都事変の時、妖怪に襲われていて、妖怪を見たことがあるらしい。おそらく、次のターゲットは茜だ」

 茜がこの場所にいることと妖怪の反応があったことを偶然で片付けることはできない。

「妖力の反応、これは人払いの結界か」

「妖力の反応? あまり感じないの」

「分からなくても仕方ない。妖力が感知しにくい程、妖力が少ない」

 人払いの結界は外にいる人に中の様子が分からないようにする結界だ。簡単に言うと、領域内と同じ場所に別空間を作ったものだと考えて構わない。

 人払いの結界は使う妖力が多い高等妖術だ。

 それをここまで抑えるのは、中々の手練れだ。

「飛び込むぞ!」

 人払いの結界が完成する前に中に飛び込んでおかないと、外から結界内に入るのは手間がかかる。

 急いで走ると、ギリギリ滑り込む形で、なんとか結界の中に入ることはできた。

「……あそこなの」

 ハクが指さした方向には、茜とその後ろに影の中から出てきた黒い妖怪がいた。

「助けないと!」

「待て」

 飛び出しそうなハクの手を掴む。

「まだだ」

「でも!」

 相手の手の内が割れていない内に突っ込むのは危険だ。

 特に、今回の妖怪は特殊な術を使うのは確定している。

 茜のことは心配だが、まだ駄目だ。

 茜の後ろにいる妖怪が茜の首元を触れる。

「何……これ?」

 すると、茜が倒れるように眠った。

 そんな茜を抱え、影に潜りこもうとする。

「今だ! ハク、影に入りきる前にあの妖怪に一撃を与えろ」

「了解なの」

 ハクは足に妖力を溜め込み、大地を蹴る。

 すると、数十メートル離れた影の妖怪の元まで飛んでいき、腹部に蹴りを入れ、吹っ飛んだ。

 そして、寝ている茜を抱きかかえ、すぐに退いてきた。

「これで大丈夫なの」

「……すごい戦闘力だな。敵に回したくねえな」

 妖力だけで見たら、特級妖怪クラスだと思っていたが、近接戦においても妖怪の中ではトップクラスではないか、と思う体術だ。

 もし、足を怪我していなければ、一人でも夜烏から逃げきれそうな程だ。

「ハク、お前はここで茜を守っていてくれ。これ以上やると、あの妖怪が死んじまう」

「了解なの」

「あの影の妖怪は、触れることで対象を眠らせる術を使ってくる。そっちに来た場合は、できるだけ触れずに対処しろよ」

 相手の妖術は、触れるという条件付きの催眠で確定だ。

 まず、普通の眠らせる妖術は、どれも効果自体が弱く、効かないことが多い。

 特に、十席や八咫烏には通用しないはずだ。

 それを相手に触れるという条件を付けることで術の効力を強化する術式を使っているのだと推測できる。

 この影の妖怪は妖力が低いのか、隠すのが上手いのかは分からないが、妖力で気配を察知するのが難しい。

 不意を突かれれば、格上の八咫烏でも倒される性能をしているといえる。

「さて、お前には聞きたい話がたっぷりあるんだ。とっとと捕縛させてもらうぜ」

 影の妖怪は、俺を見た後、影に潜った。

コンクリートに映る影を見ると、一瞬で俺の下へ近づいてきた。

「思ったより速い!」

 後ろに跳ぶと同時に影の中から妖怪が飛び出してくる。

 妖怪は腕を伸ばして、俺の手を掴もうとする。

 が、俺がポーチから出した白い札を取り出し、妖怪に投げつける。

「目をつぶれ!」

 ハクに向かって言った後、術を発動する。

 ピカーン。

「ギャアアアアア!」

 白い札から放たれる眩しい光に苦しそうな悲鳴を上げている。

 この術は、白い札単体でも使えるただ眩しい光を出すだけの目眩ましにしかならない術だが、影を媒介とする妖怪にとっては苦手な術のようだ。

「後はこれで……」

 ポーチの中から人型の紙が連なった紐状の紙を取り出した。

 これは人紙と言って、妖怪を拘束し、封印するのに特化した道具だ。

 だが、この人紙単体では拘束力が弱く、基本的には壺など封印するのに適した器と合わせて使うのが一般的だ。

 それを俺は……。

「おらよ」

 ポーチから取り出した五枚の札、青、赤、黒、白、黄の全ての色の札を影の妖怪に放つ。

 未だ白い札の光によって目を開けられないが、声のする方向からして問題ないはずだ。

「【人紙よ・かの者を捕縛せよ】」

 術の発動と同時に、白い札の光を止んだ。

 人紙が手元から離れていき、影の妖怪に向かって飛んでいく。

 影の妖怪の下には、時計回りに青、赤、黄、白、黒の順に正五角形になるよう配置できている。

 五枚の術式は人紙と共に完全に影の妖怪を捕縛していた。

「もうこれで動くことはできないぞ。御符術の異なる五枚の札による術式の効力増加の術でブーストを掛けているからな」

 御符術は五行になぞらえて作っている。

 全ての色の札を正しい位置に置くことで術の効果を強化することも可能になる。

「すごい、すぐ終わったの」

「ハクのおかげだな。ハクが最初に与えた一撃のおかげで動きが鈍くなっていたからな」

 ハクがいなければ、拘束するのはかなり難しかっただろう。

 相手は影に入って高速で移動し、触れた相手を眠らせるのだ。

 今回使った光を放つ術も、最初のダメージが無ければ抵抗して攻撃を仕掛けてきたはずだ。

「後は、この妖怪からどれだけ情報がとれるかだが、どうしたものかね」

 妖怪によっては喋れない妖怪もいる。

 そうした妖怪は記憶を覗くしかないが、今ここにある道具ではできない。

「かといって、封印して入れられる器も持ち合わせていないからな」

 今最近、祓い屋として活動していなかったからか、封印用の器が何一つ無かった。

 それで、今この場に拘束することにしたのだが。

「まあいい。こいつを夜烏に引き渡して、後は夜烏に任せるとしよう」

 今回の目的はハクの無実を証明することだ。

 神隠し事件を解決することではない。

 下手に神隠し事件に首を突っ込みすぎても夜烏と衝突するだけだ。裏にいる者も気になるが、後は夜烏に任せよう。

「ハク、これから人払いの結界を解く。その間、茜とこの妖怪を見ていてくれ」

「了解なの」

 あまり表情を変えていないが、どこか安心した顔つきをしている。

 今までずっと、自分がいつ殺されるか分からない、という緊張感があったが、これで無実だと分かれば、そうしたこともなくなる。

 そんなハクの様子にどこか自分も安心している。

 京都事変以降、自信を無くしていたからか、今回の事件はいつも以上に緊張していた。

「何とかなってよかった。まだ、夜烏とかの交渉とかも残っているが」

 もう大丈夫、という謎の安心感が胸を占めていたからだろう。

 俺は、この事件にずっと持っていた違和感を忘れてしまった。

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