三章 神隠しに潜む影①

「ごめん。まだ見ている途中だったのに」

「仕方ないだろう。現状的に風真がいないとキツイんだろう」

 謝る風真にそう返す。

 監視カメラを見返してから数時間後、風真は神野浩介の捜索に進展があったということで呼び出された。

 十席がいない中、資料室にいることはできないため、風真と共に資料室が出ることとなった。

「今回は助かった。ちょっとは糸口が掴めた気がするし、ありがとな」

「本当はもう少し協力してあげたいんだけどね……。そうだ。一応これを渡しておくよ」

 服の内ポケットから手帳を取り出し、ペンで何やら書き始めた。そして、そこのページを千切って渡してきた。

「何かあったらここに電話してきてよ。あんまり助けになれないかもしれないけど、余裕があったら協力するよ」

 渡された紙には風真の電話番号とメールアドレスが書いてあった。

「ああ。何かあって、協力を頼みたいときはまた連絡させてもらう」

 大広間まで出ると、風真は東京に向かう転移装置に乗っていった。

俺達も転移装置に乗って元の朝陽市に帰って来た。

「これからどう動くの?」

「ある程度は考えている。まずはこれを使う」

 そう言って、ポーチの中から緑色の人型の紙を取り出した。

「これは式神なの?」

「よく分かったな。これは簡易式神って言って、少ない妖力で使える式神だ」

「弱そうだけどちゃんと妖力が感じるの」

 ハクが簡易式神を持って見ながらそう言う。

「弱いのは確かだ。今持っている緑色の簡易式神には攻撃性能が全くついていない」

「攻撃ができなくても大丈夫なの?」

「まあ、戦闘になったらすぐこの式神はやられるから、そういう意味では大丈夫じゃない。だが、この簡易式神は元々、戦闘のために作ったわけではないからな。ハクは式神が人工的に作られたのは知っているよな」

「うん。妖力を使って生み出した妖怪で術者からの命令でしか動かない妖怪なの」

「その解釈で合っているな。式神を作る時、多くの祓い屋は自分より弱くなるように作るか、あるいはどれかの性能に特化するように作る。なぜだか分かるか?」

「妖力をたくさん使うからなの」

「正解だ」

 式神はコンピュータのプログラムと同じだ。プログラムでも与える機能が多かったり、複雑になったりすると、処理速度が落ちたり、それだけ容量を食う。

 式神も同じように、機能が増えれば、消費する妖力も増え、処理速度も落ちたりする。

 だから、大抵の場合、自分より弱くすることで性能を落とすか、何かの能力に特化した式神を作るのが基本だ。

「簡易式神は機能を一つに限定した式神だ。例えば、この緑色の簡易式神は探知能力に優れていて、設定した妖力量を超える妖力の反応が出れば、術者に知らせるものだ」

 他にも、青色の簡易式神は防御に特化しており、敵の攻撃に反応してシールドを張る、赤色の簡易式神は敵と術者が認知したものに攻撃を仕掛ける、黄色の式神は指定の相手を追尾する、といった四種類に分かれている。

「これを使って真犯人を探す気なの?」

「そういうことだ。これまでの神隠し事件にはいくつかの特徴があった。何だか分かるか?」

「この近くで起きている事と襲われた人がいなくなる事なの」

「大雑把だが、そうだな。まず、一つ目がこの朝陽市近く、具体的には東にある朝陽大学から半径五キロ圏内で起きていること。二つ目が、被害者が襲われた後、全員姿を消していること。そして三つ目が、事件が起きた時刻が午後六時頃の日が暮れてきた時間だということだ」

 この三つが、神隠し事件の犯人を捜す上での重要な特徴だと考えている。

 一つ目で、犯人の行動範囲が朝陽市の東側に限定できる。

 二つ目で、犯人は、複数犯、もしくは防犯カメラの位置を熟知している人間、つまり呪術師が絡んでいる可能性が分かる。

 三つ目で、犯人の行動時刻が分かる。

「一つ目と三つ目から神隠し事件の実行犯は見つけられる可能性が高いと思う。そして、事件は大体三日から五日ぐらいの間隔で起きている。前回の事件から今日で五日目だ。何かアクションを起こす可能性が高い」

「なるほどなの」

 今日事件が起こると考える理由はそれだけではない。

 ハクが夜烏に追われるようになったのは五日前ぐらいからだと聞いている。

 呪術師が絡んでいる場合は、ある程度夜烏の行動も把握していることが多いため、おそらくハクが追われていることを知って行動していない可能性がある。

 だが、昨日から俺がハクを保護したため、夜烏の追跡網から外れるように行動できている。

 そして、昨日ハクを助ける際、わざと現場に御符術の札を一枚残していった。

 この状況なら、呪術師は上手いこといけば、俺とハクに罪を着せつつ、自分の目的のために動くことができる。

 神隠し事件には呪術師が関わっている可能性は高い。

 夜烏が動きにくい状況下での行動、監視カメラに映ることなく被害者を連れ去っている方法などを考えれば、妖怪だけで起こせることだとはとても思えない。呪術師が裏で糸を引いていると考えるのが自然だ。

 無論、妖怪たちの複数犯の可能性も残っているが、その場合でも近日中には動くはずだ。

「今の時刻は五時十二分、動くならそろそろ朝陽町の東側にいるはずだ。そして、夜烏もそれを見越して集まってくる。そんなところに俺たちが直接行けば、即捕まる」

「……だから、簡易式神なの!」

「ああ、緑色の簡易式神に中級妖怪以上の妖力に反応できるように設定して、捜索させる」

「中級妖怪以上? 犯人は上級妖怪以上じゃなかったの?」

 当然の疑問だ。

「確かに資料を見ると、上級妖怪以上の可能性が高い。だが、あそこには二つの先入観がある」

 この事件はあまりにも不可解なことが多すぎる。

 妖力の痕跡や八咫烏がやられたことを考えれば上級妖怪以上の可能性は高いが、防犯カメラの映像を見る限りハクぐらいしか上級以上の妖怪は見当たらなかった。

 それに、この事件が本当に呪術師が引き起こしているのだとしたら、上級妖怪と契約を結んでいるということになるが、上級以上はかなり力を持っているが故に契約を結びたがらない妖怪が多い。

 確かに例外も少なからずあるが、そこら辺から考えると別の可能性も考える必要がある。

「一つ目は、妖力の痕跡だ。痕跡は時間が経てば経つほど、薄くなる。だから、時間が経っても、痕跡の妖力量が多ければ、上級妖怪だと判断された。だが、例外がある」

「例外?」

「術の中には、妖力が長時間の残りやすい術があるんだよ。地面とかに密着して使う術とかな。例えば、土やコンクリートのような大地に干渉するような術は、直接触れて使うから残りやすい。今回の場合は、地面とかに変化させた形跡は無かったから、別の術だろうけど」

 周りにいた上級妖怪以上はハクしかいなかった以上、そうした可能性を考えていくしかない。

「二つ目は、八咫烏である菊野美鈴が被害にあったことだ。八咫烏は上級妖怪を余裕で倒せるレベルだ。これが神隠し事件の犯人が特級妖怪の可能性が高いと判断した。だが、八咫烏は五年前より弱体化しているし、特殊な妖術を使う妖怪なら中級妖怪でも八咫烏を倒せる可能性もあると思う」

「つまり、八咫烏がやられたことは判断基準にはならないってことなの?」

「ならないわけではないが、それだけでは判断できない可能性がある。例えば、相手が幻術の類を使ってくる場合、幻術に耐性がない奴はたとえ八咫烏や十席でもやられる」

 幻術の可能性も高いと見ている。

 幻術も場に妖力の痕跡が残りやすい術の一つだ。

 使い手は妖怪の中でもほとんどいないが、使えばたとえ中級妖怪でも幻術耐性のない祓い屋なら八咫烏でも倒すことが可能だ。

「この二つから、中級妖怪も対象にいれる。というか、今の情報だけでは色々な可能性を視野にいれるしかない」

「ごめんなさいなの」

 ハクは俯きながらそう言った。

 まだ巻き込んだことを後悔しているのかもしれない。

「依頼を受けたのは俺自身だ。ハクがそのことを気にする必要はない」

「でも正人は祓い屋の世界に戻る気はなかったはずなの。私が依頼をしなければ」

「……もしかして、風真に俺の過去を聞いたのか?」

 風真と一緒に資料を取りに行って戻ってきたとき、ハクの表情が暗かった。

 その時に聞いていたのかもしれない。

「ごめんなさいなの。正人が契約の時、様子がおかしかったから、それで聞いてしまったの」

「……謝る必要はねえよ。俺が契約自体を隠していたのが原因だしな。むしろ、俺を怒ってもいいくらいだ」

「正人は助けようと必死に動いてくれているの。怒るなんてできないの」

 顔を上げて、俺の目を見てそう言う。

「ハクはどことなく九音に似ているよ」

「……九音に?」

「自分自身より他の奴を優先する所とか、俺の目を見て話す姿とかな。どことなく九音に似ているんだよ」

 あいつはいつもそうだった。自分のことを後回しにいつも他の奴ばかりを気にしていた。俺のことも最後の最後まで危険から遠ざけようとしてくれていた。

 俺が自暴自棄になりそうな時とか、落ちこみそうになる時は、いつも目を見て欲しい言葉をくれた。

 ハクとは全然違うはずなのに、どこかその影を重ねてしまう。

「正人は京都事変のことを後悔しているの?」

「後悔だらけだな。あの時の俺は本当にガキだったよ」

 あの時の俺は子供だった。

 周りに大人ぶっていたが、大人になんて全然なれていなかった。

「昔話でもしようか。俺と九音が初めて出会ったのは山奥だった。西条家は陰陽師の一族で、その修行のために行った近くの山であいつと出会ったんだ。俺は実力差も分からずに挑んだんだけど、何もできずにあしらわれたよ」

 どれだけ攻撃しても当てることすらできず、日が暮れてくればもうそろそろ帰った方が良い、と言って俺を追い返していた。

 そんな九音が腹に立って、家族に相談もせずに毎日のように倒しに行っていた。

「毎日、九音に挑んでたんだけど、ある日それがバレて西条家から討伐しようとした結果、その山から逃げたんだ」

 あの時、九音が本気を出せば、西条家は滅んでいた可能性も十分あった。

 だが、九音は戦いを避けるために、山から逃げ出したのだ。

「それから数日経ったある日、西条家に妖怪が襲ってきた。そのほとんどが上級妖怪で西条家に恨みを持つ妖怪だった。俺は西条家のご子息だから逃がされた。でも、俺を追ってくる妖怪たちに太刀打ちできなくて、俺はその時死ぬはずだった」

 あの時のことは今でも覚えている。

 燃え盛る家屋、俺の前で死んでいった西条家の者たち、俺を庇って死んだお母さん、その全てが経験したことがない衝撃だった。

 自分の無力さをあれほど痛感したことは今まで無かった。

 そんな光景を見てきたからか、妖怪からの攻撃を見た時も、もう死ぬことすら普通に受け入れそうになっていた。

「その時、俺の目の前に現れたのが、九音だった。九音は、俺を殺そうと追ってきた全ての妖怪を相手に戦い始めたんだ。なんで、わざわざ自分を殺そうとしてきた奴を助けに戻ってくるんだよ、って聞いたら、自分の知り合いに死なれるのは目覚めが悪い、とか言うんだ」

 信じられなかった。

 俺は、いつも西条家に自分の実力を認めさせるために妖術を極めていた。

 誰かのために動くなんて一度も考えたことが無かった。

 だから、九音みたいになりたいと思ってしまった。

「その後、通りかかった妖術師に助けられ、蓬莱に入ることになったんだ。その時に九音が俺に契約を持ち出したんだ」

「……それが、正人が初めて結んだ契約なの?」

「ああ。それから九音と二人で色々な人を助けて、気が付けば最年少で十席まで上り詰めていた」

 その時から天狗になっていたのだと、今考えれば思う。

 九音にも何度も注意されていたが、気付けなかった。

 そんな中、京都事変が起きた。

「十席になって少しした時に起きたのが京都事変だった。京都事変で、十席は全員分かれて救助活動を優先して動いていた。俺たちはまだ被害の少なかった地域を担当していたが、すぐに妖怪が入りこんできた」

 俺と九音で妖怪を対処し、他の妖術師に避難を進めさせることで何とか対応することができた。

「その時、入ってきた上級妖怪や特級妖怪も問題なく倒すことができた。今思えば、九音のサポートがよかったからだろうけど、当時の俺はそんなことに気付かず、自分が強くなったと思い込んでしまった。その後、京都事変を起こした呪術師と相対した時、九音は退くことを提案したのにもかかわらず、俺は挑んでしまった」

 あの時、避難はほぼ完了していて、辺りに人はいなかったため、退くのが一番最適解だったはずだ。

 退く選択ができていれば、九音は死なずに済んだ。

 その後悔だけが俺の心に強く残っている。

「結局、その呪術師は倒せたが、九音はその戦いで俺を庇って死んだ。それなのにも関わらず、京都事変の後、皆は俺を英雄として奉った。九音なんてそもそもいなかったかのようにな」

「それが、正人が妖術師を引退した理由なの?」

「ああ、それが一番の理由だな。京都事変での英雄は俺なんかじゃない。九音だ」

 いつも英雄と呼ばれる度に、九音のことを思い出して胸が痛む。

 俺は元々、妖力が少ないし、誰かのために動くような素敵な人間だったわけではない。

 九音という道標があったからこそ、俺は誰かのために戦えたのだと今では思っている。

「じゃあ、どうして私を助けてくれたの?」

「さっきもいった通り、お前は九音に似ているんだよ。だから、思い出せたんだ。俺が妖術師になった理由を」

 ハクを見ていた時、九音の声が聞こえた気がした。

 何のために妖術師になったんだ、と。

「俺は九音が目標だった。だから、九音のように人間も妖怪も関係なく、困っている奴を助けるために妖術師になった。もちろん、悪い奴は、人だろうと妖怪だろうと倒すがな」

 あそこで見捨てれば、俺は九音に一生届かないと思った。

 だから、体が動いていた。

「俺はお前が思っているほど、良い奴ではないよ。根っからの善良な九音とは程遠い。助けることにも自分自身で理由を探してるんだからな」

 自嘲するようにそう言うと、ハクは首を横に振った。

「そんなことないの。正人が理由を探したのは、自分のためじゃないの」

「自分のためじゃなけりゃ、何のために理由を探していたんだよ」

「私のためなの。私を助けるには、夜烏と一人で戦わなくちゃいけないの。だから、自分が後悔なく、動くために理由を探していたの」

「なんでそう思うんだよ」

 断言するように言うハクに、少し苛立ちを感じながら言う。

 俺は、そこまで良い人間じゃない。

「勘なの」

「……は?」

「私の勘は外れたことないの。正人は自分が思っている以上に誰かのために動ける人なの」

 意味が分からなかった。

 説得力のかけらもない根拠のない感情論なのに、その言葉が九音に褒められた時のように嬉しかった。

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