二章 十の席に選ばれし者⑨

「資料取りに行くだけで、なんでこんなに遅いんだよ!」

「ごめんごめん、ちょっと迷っててね」

 風真は、笑いながら謝った。

 目元が少し赤くなっていた。

「監視カメラの映像を見てたんだろう。どうだった?」

「昨日までのハクの動きを追っていたんだが、所々カメラに写っていない時があった。だが、監視カメラだけじゃハクが神隠し事件の犯人とするには不十分な気がする。他の情報を踏まえて、もう一度見たいな」

 ハクの行動を昨日出会った場所から遡って、どのような動きをしていたか見た。所々不自然な気もする動きもあったが、夜烏が手に入れた決定的な証拠は見つけられずにいた。

「おっけー。じゃあ、これが今回の神隠し事件の資料だよ」

 ハクと風真が持ってきた資料を机の上に置く。置かれた資料は五つのファイルだった。

 蓬莱では事件毎にファイルをするのではなく、一日毎に起きた出来事をファイルにしてまとめてある。

 事件だけを調べるにはひと手間かかるが、妖怪が絡む事件の中には、全く関係なさそうな別の事件と関連性があることも多々ある。特に呪術師が絡む場合は、別の出来事も案外重要だったりする。

 そうしたことから、一日毎の出来事でファイルにしているのだ。

 俺は一回目に事件が起きた四月三日のファイルを手に取った。

「最初の被害者は高木栄子。中学生で友達と遊びに行った帰りに失踪したのか。帰りが遅いことを心配した両親からの通報で警察が調べたが手がかりを得れず、それで夜烏が動いたのか」

「警察が手がかりを見つけられないような事件には、妖怪が起こした怪事件の可能性があるから、今はそのことも考慮して、夜烏も調査に加わるんだよね」

「その後、夜烏の調べで妖怪によって連れ去られたことが判明した。妖力の痕跡から少なくとも上級妖怪以上であると推察されているのか」

 これが、ハクが容疑者の第一候補になった原因の一つかもしれない。

 妖怪のほとんどは下級妖怪と中級妖怪で上級妖怪以上は全体の一割にも満たない。

 今回の事件の近くにいた妖怪の中で唯一上級妖怪以上の妖怪に分類されるのがハクである。

 そうなれば、一番怪しいのは必然的にハクになる。

「とはいっても、まだ証拠は少ないしな。で、その後の調べで高木栄子は過去に怪事件に巻き込まれ、妖怪を見たことがあるそうだ」

「妖怪が見える人だったの?」

「妖怪が見えるかは妖力によって決まるが、彼女は妖怪が見える程ではなかったらしい。だが、妖怪が見えない人の中では妖力が多い方だったらしく、条件次第で妖怪が見える奴だったんだろう」

「例えば、京都事変みたいな空気中に妖力がたくさんある状態とかだと見える人は多いみたいだね」

 妖力濃度が高い場所や妖怪の体質などから、妖怪が見えない人でも妖怪を見ることができるようだが、まだ詳しいことは明らかにされていない。

「彼女が襲われた原因はおそらく妖力量が多く、なおかつ妖怪が見えなかったからだろうな」

「そうだと思うよ。他の被害者も全員そんな感じだったし」

「妖力量が何か関係あるの?」

「大ありだ。妖怪が基本的に人を襲うのは、人の中に含まれる妖力を取り込んで、自分の力にしたいからだ」

「妖怪が力をつけるのに一番手っ取り早いのは、妖力を多く持つ生き物を食べることだからね。この情報は結構重要なんだよ」

 逆に妖力をあまり持たないのに襲われた場合は、後ろに呪術師がいる可能性が高いと考えられる。妖怪自身にメリットがあまりないからだ。

「妖怪に襲われたのは確定として、裏に呪術師がいるかどうかはこの場合よく分からないな。他の資料も見るか」

 こうして順に資料を見ていき四つ目の資料まで見たが、ニュースで取り上げられていることとあまり変わらないような情報しか手に入らなかった。

「夜烏の報告からじゃ、思ったより情報が入らないな」

 溜息をつきながら、五つ目のファイルを手に取る。

「次のファイルの情報はニュースにも流れていないから、貴重だと思うよ」

「何の情報だ」

「六人目の被害者の情報が載っているからね」

「六人目の被害者⁉」

 ニュースでは、神隠し事件の被害者は五人しか出ていないと聞いている。

 つまり、意図的に隠された被害者だということだ。

「まあ読めば分かるよ」

「そうだな。えっと、五人目の被害者は竹内修也。高校生で部活帰り一人になった所で失踪したと見られる。彼も過去に怪事件に巻き込まれた経験があったんだな。それで次が……何でコイツが⁉」

「知り合いなの?」

 隣から覗き込んで一緒に資料を見ていたハクがそう聞いてくる。

 知り合いも何もコイツは……。

「六人目の被害者の名前は菊野美鈴。夜烏の最高幹部である八咫烏の第七烏だった少女だよ。昔からよく正人とぶつかり合っていた陰陽師の一人だね」

「結構強くて面倒くさい奴だったな。六人目の被害者が隠されていた理由は八咫烏だからか」

「その通り! 八咫烏が被害に遭ったっていうのは、夜烏が揺らぎかねないからね。それで隠されたのさ」

「八咫烏……。聞いたことがある気がするの」

「八咫烏は、蓬莱にとっての十席みたいなもので、夜烏の中で優秀な八人の祓い屋に与えられる称号だ。八咫烏は夜烏の権威の象徴でもあるから、彼らが欠けたとなれば今の社会が揺らぎかねない」

 京都事変以降、夜烏は祓い屋の代表として力をつけてきた。

 その裏には、八咫烏が積み重ねた信頼が人々の根底にある。八咫烏がいればどうにかなる、そう思わせることで市民に安心感を与えてきたのだ。

 その一人が被害に遭ったとなれば、不安を煽る結果にしかならない。

「八咫烏の一人を連れ去るぐらいの実力を持つ妖怪となると、もうハクぐらいしか思いつかないな」

「多分、それがこの事件の容疑者にされた根本にあたると思うよ」

 基本的に十席や八咫烏に選ばれる者は上級妖怪を余裕で対処できる者が選ばれる。上級妖怪より下に襲われたというのは限りなくゼロに近いといえるだろう。

「これは結構まずいかもな」

「まずいって何がなの?」

「この事件には多分、八咫烏が総動員されてそうだと思ってな」

 八咫烏が総動員されているなら、あまり時間がない。

 八咫烏と交戦し続ければ、こちらが負けるのは時間の問題だ。

 だから、早めに真犯人を見つける必要があるが、情報のどれもがハクが犯人であるとできる状況証拠ばかりだ。

「八咫烏が総動員されているわけではないから、そこは安心してよ」

「はあ! これだけの事態になっているのにか」

 突如もたらされた新たな情報に困惑する。

「今の夜烏には、この神隠し事件以上にヤバイことが起きているんだよね」

 俺もその件で今動いているし、と付け加えるように言う。

「何があったんだ?」

 かなりまずいことが、この事件の裏で起きているらしい。

 嫌な予感がする。

「正人は、北条秘伝書は知ってるよね」

「ああ、北条家の者たちが作ったとされる妖術がまとめられた書だな。あまりに危険な術が多いから、夜烏の禁書庫に封印されたって聞いたことがある」

 北条家——祓い屋が初めて生まれた平安時代からいたとされる原初の祓い屋の一人で、考え方の分裂から陰陽師と妖術師に分かれた後は、陰陽師に属して夜烏の実権を握っていた。

 しかし、江戸時代の後期頃に起きた厄災で北条家は滅亡してしまった。

 その後、北条家で発見された書に書かれた妖術を見た陰陽師たちが誰の目にも触れぬよう封印することとした、と聞いている。

「その秘伝書の中でも危険なのが隷従契約だな」

「隷従契約?」

 ハクがその言葉に反応を示した。

 契約という言葉に反応したようだった。

「隷従契約は、本来の契約であれば相互の合意が必要だが、それを必要することなく、一方がその契約を強制して強引に結ぶ契約だ」

「契約をさせられた方は契約者に逆らうことができず、契約者の奴隷として生きることになるから、非人道的過ぎるということで使用が禁じられている術の一つだよ。そして、この術のもう一つの特徴は隷従契約を行使する側は契約したことにならないから、契約の一人一つの契約しかできないっていう制約に該当しないっていうのも特徴の一つだね」

「隷従契約をしちゃったら、逃れることはできないの?」

「できないことはないだろうが、難しいだろうな。契約者の命令によっては、隷従契約を結んだことが認知できない場合もあるだろうし、契約を解除するためには、普通の契約と同じく、契約者の意思に委ねられる。契約者が死ねば話は別だろうが」

 例えば、契約者が隷従契約のことを忘れろ、と命じればその記憶は契約させられた者からは消えてしまう。このように、ある種の洗脳のようなこともできてしまう。

 認知できなければ助けを求めることすら不可能だろう。

「後は契約の更新をするぐらいかな」

「いや、それは難しい。隷従契約は契約の上位互換の術だから、普通の契約じゃ更新できない可能性が高い」

「てことは隷従契約を使わないと契約の更新は無理なのか。きついね」

 ほとんどの人が見たことすらない隷従契約の術式を何の手がかりもなしに再現することなど不可能に近い。

「話が逸れたが、北条秘伝書がどうした? 盗まれたのか?」

「もうちょっと酷いことだよ」

「……まさか」

「そのまさかだよ。八咫烏の第三烏、神野浩介が北条秘伝書を盗み裏切った。八咫烏のほとんどはそっちの捜索に動いている」

 八咫烏の裏切り、しかも北条秘伝書を持ち出しているとなれば、神隠し事件がここまで長引いたのも分かる気がする。

「なるほどな。神野浩介の捜索に戦力を集中していたから、神隠し事件に戦力を割く余裕がなかったわけだ」

「神隠し事件の問題が拡大してきたから、八咫烏の内、二人を神隠し事件の解決にまわしたんだけど、その後すぐに美鈴が被害に遭った。それが今の夜烏の状況なんだよね」

 八咫烏の裏切りによって混乱状態のときに神隠し事件が起きたようだ。

 これを聞けば、ここまで事件が長引いたのも理解できる。

「夜烏は、第三烏が持ち出した北条秘伝書によって民間に被害が出る前に終わらせたい。でも、それと同時に起きた神隠し事件も収束させたい。この二つの板挟み状態で切羽詰まっている。蓬莱に第三烏の捜索の救援を要請するくらいにはね」

「なるほど。それで十席の多くも動いているわけか」

「うん。今の夜烏じゃ緊急事態に対応できないから、こっちは戦力を温存してだけどね」

 大体の状況は掴めてきたが、肝心の神隠し事件についてはまだ分からないことだらけだ。

「俺が知っているのはこのくらいかな。神隠し事件に関することは夜烏の領域だから、ここにある情報くらいしか分からないし」

「この状況じゃ仕方ないだろ。情報助かった」

「これは貸しにしておくよ」

 そう言って風真は笑った。

 この貸しは早めに返しておきたいものだ。じゃないと、何に巻き込まれるか分からない。

「これらを踏まえて、もう一度見直すか。ハク、何か気付いたり、思い出したりしたことがあったら教えてくれ」

「分かったなの」

 とりあえず、突破口を見つけるしかない。

 そう思いながら、パソコンの画面を凝視した。

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