二章 十の席に選ばれし者➅

「いやあ、急に来るからびっくりしたよ」

 前を歩く風真から、そう声を掛けられた。

 現在、俺達は蓬莱の資料室に向かっている所だ。

「ちょっと色々あってな」

「そこにいる妖怪がらみ?」

「……そんなところだ」

 そう答えると、風真がへえ、という表情でこっちを見ていた。

 五年間、祓い屋としての活動をしてこなかった俺が急に動き始めたのが、気になっているのかもしれない。

「そういえば、自己紹介がまだだったね。俺は猿飛風真。一応、十席の第六位に位置する妖術師さ。よろしくね」

 ハクに二コリと笑いかけながら、手を差し出す。

 ハクはその手を取り握手する。

「私はハクなの。正人の……何だろう?」

「ただの依頼人だ」

「本当にそうなのかな?」

「どういう意味だ?」

「だって、あの正人が依頼を受けるなんて珍しいこともあったものだと思ってね」

 疑うようにそう聞いてくるが、本当に何もない。

「何もねえよ。依頼の内容的に俺が受けるのが妥当だと思っただけだ」

「依頼の内容?」

「お前には協力してもらうから話すが、誰にも言うんじゃねえぞ」

 そう忠告して、今までの経緯を話した。

「はあっ! 神隠し事件の最重要容疑者だって!」

「声がでけーよ」

 初めて声を荒げた風真は、俺の肩を掴む。

「本気かい? 夜烏に単独って喧嘩を売るなんて正気の沙汰じゃないよ。それにもし、ハクが犯人だったら、正人は……」

「心配するな。そういうことが無いように自白の香で確かめた」

「はあ! 自白の香を使うだなんて何考えているんだよ!」

 今度は自白の香のことでキレられた。

「自白の香は、基本的に罪人に自供させるために使うものだぞ! そんなものを使うだなんて。第一、自白の香の一般使用は祓い屋の中で禁止されているはずだぞ」

 自白の香は悪用すれば、いくらでも使い道はあるし、使いすぎれば副作用が出る場合もあるため、一般使用は禁じられている。

「それぐらいしか、真実かどうかを確かめる方法がなかったんだから仕方ないだろう」

「他にも方法はあるじゃないか。〝契約〟をするとかね」

 契約、そう言われて思わず足を止めた。

 契約を使えばいい。確かにその通りだからだ。

「契約って何?」

 ずっと黙って付いてきていたハクがそう問いかけてくる。

「……」

 俺は、それに対して答えれずにいた。

「……契約っていうのは、お互いの合意の下で権利を保障してもらったり、義務を負ってもらったりすることさ」

 見かねた風真が俺の代わりに説明を始める。

「例えば、ハクは今正人に自分の無実を証明してほしいと要求している。その代わりに、正人が偽りなく全てのことを話すことを求めて、それをハクが呑めば契約が成立する」

「それだけでいいの?」

「正確には、術で効力を及ぼすものだから、契約を術で結ぶ必要があるけどね。これさえしておけば、契約を違反することはできなくなる。もし、契約を破った場合、破った側には罰則が与えられる。罰則の内容は大体契約時に決められるね」

「へえ、なんで正人は契約をしなかったの?」

「……契約のことが頭に思い浮かばなかった。ただそれだけだ」

 契約のことが思いつかなかったわけではない。

 ただ、契約を使いたくなかっただけだ。

「まあ、契約には何個かの制約があるから、それで使えない人もいるけどね。例えば、同時に複数の契約をすることはできない、とかね」

「一人が契約できるのは一つだけということなの?」

「そういうこと。他に契約したければ、今ある契約を解除しなければならないんだ。そして、契約の解除には双方の同意が必要なんだ」

「契約を解除しなくても、無理やり契約を更新して前の契約を破棄することも可能だけどな」

 契約をしたものの、その契約に不備があったりすれば、自分の望む契約内容が履行されないことがある。

 そんな時、契約を解除したくてもしてくれない場合、妖術師が契約を更新して解除するといったこともしている。

「いや、それは妖力が多い人じゃないと無理だからね。俺や正人にはできないからね」

 このようなことをできるのは、風真が言う通り、一部の妖力量が多い祓い屋だけだ。

 妖力量が下から数えた方が早いような自分では到底無理だ。

「契約って難しそう」

 ハクが頭を抱えながら、そう呟いた。

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