二章 十の席に選ばれし者➃

「さて、今度こそ話を聞かせてもらおうか。……寝るなよ、ハク!」

「……分かっている、なの」

 このように返事しているが、ハクは首を上下に振って今にも眠りそうな状態になっている。

 ご飯を先に済ませたのは失敗だったのかもしれない。

 ご飯を食べ終わった満足感からか、食べた後はずっとこんな感じだ。

「ハク、夜烏に追われるようになった経緯は?」

「……わ、分かっているの」

「……失礼」

「い、痛っ」

「目が覚めたみたいで良かった」

 俺の渾身のデコピンによって一気に目が覚めたらしい。

 畳の上で蹲っている。

「それじゃあ、肝心の話に入ろうか」

「うう、了解なの。うん? この匂いは何なの?」

 痛そうにデコに手を当てながら、辺りに充満した甘い香りに気付いたようで、首をかしげる。

「これは自白の香って言うお香の一種でリラックス効果がある。そして、この匂いを嗅いだ者は嘘がつけなくなる」

「嘘がつけなくなる?」

「元々、妖怪から事情聴取をする際、暴れられては困るから、密室に閉じ込めてこの香りで自供を取るために作られたものだ。要は罪人の嘘を暴くためのものだな」

 これは、妖怪の中でも複数犯だったり、祓い屋の力を悪用する呪術師と繋がっている疑いがかけられていたりする妖怪に使われるものだ。また、妖怪の依頼を受けるかどうかを決める際にも使われることもある。

「悪いが、妖術師としてお前の問題に絡むにしても、相手は夜烏みたいだからな。ある程度の事実を確認しとかないと夜烏からお前を庇いきるのは難しい。ハクを信じていないわけじゃないが、保険のためだ。了承してくれ」

 今の世の中、夜烏と蓬莱に所属していない状態で戦えば、呪術師扱いされる。

 つまり、この件に失敗すれば、ハクと共に自分も処刑される可能性は高い。

 自白の香は、証拠能力が認められている妖術具であるため、捕まった時に俺もハクも一時的に処刑を見送られる可能性は高い。

 それに自白の香を使えば、ハクの言動全てに嘘がないことが分かる。これから動く俺としても動きやすくなる。

 だが、ハクにしてみれば、不快以外の何物でもないのかもしれない。

「不快に感じるかもしれないが、必要なことなんだ頼む」

 頭を深く下げる。

 これが駄目なら、もう一つの方法を使うしかないが、できれば俺の個人的な心情から使いたくない。

 そんな身勝手な感情で自白の香を使おうとしているのだ。

 怒られても仕方がない。

「分かったの」

「本当にいいのか? これは基本的に罪人に使う術だ。それを使っても文句がないのか?」

「私は助けを借りている立場なの。私の立場が悪いことは知っているから、問題ないの」

「……ありがとう。それじゃあ、話してくれ。ハクに何が起こったのか」

 そこからハクは、話し始めた。

 それに合わせて、俺が相槌を打ったり、質問したりして話を進めていく。

 こうして数十分後……。

「はあ、かなり面倒くさい事になっているみたいだな」

「ごめんなさいなの」

「いや、想定の範囲だから、問題ない」

 ハクは、今問題となっている神隠し事件の最重要容疑者らしい。

 ハクは謝るが、ある程度この依頼を受けると決めたときから分かっていたことだ。

 夜烏が現在そこまでの人員を使って、追っている妖怪など神隠し事件の犯人くらいしかいない。

「問題なのは、事件が遭った日、どこで何をしていたか分からないことか」

「私はずっと色々な所を放浪していたから、いつどこにいたか正確には分からないの」

 妖怪は一か所に定住せず、常に放浪しているような者も少なくない。そうした妖怪は自分がどこで何をしていたのか、説明できないケースが多い。

「まあ、よくあることだ。気にするな。ハクがやっていないっていうのに嘘がないことは分かったしな」

 本当はもう少し情報が欲しかったが、ハクが全く心当たりのない状態で追われているということは分かった。

 この神隠し事件の犯人がハクではない、それさえ分かれば後はそのことを証明するだけだ。

 情報が何もないことは懸念すべきところだが、とりあえず事情だけでも把握できたし、今回の収穫としては十分だ。

「ハク、一つだけ約束する。お前に何があっても、俺が絶対助ける」

 自白の香を使ってまで、彼女の言葉に嘘がないことを確かめたのだ。

 依頼を受けたからにはどんなことがあっても、ハクを助ける。その誓いを胸に刻む。

「……ありがとうなの」

 また目から涙を零し始めた。

「泣くな。まだ、始まったばかりだぞ」

 ハクの頭を撫でて励ました。

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