二章 十の席に選ばれし者①

「すみません、景虎様」

「気にするな。それより何があった?」

 眼鏡を掛けた男にそう問いかけた。

 商店街近くの路地裏でフードを被った妖怪を逃がした後、近くにいる夜烏を総動員して追い詰めていた。

 その内の三人がその妖怪を追い詰めたという報告があり河川敷に向かうと、倒れた三人を見つけた。

 そして現在、しばらくして目を覚ました眼鏡の男から何があったのかを聞いていた。

「はい、あのフードの妖怪を追い詰めていた際、茶髪の祓い屋に妨害されました。着ていた服が学ランでしたから、多分この近くの学生かと思われます」

 学生の祓い屋、俺と同じくらいの年齢で茶髪の男、何か見覚えがあるような気がした。

「使っていた妖術はどうだった?」

「高位妖術を詠唱もなく発動していました。何やらの札のような物に術式が書かれていて、それを使っていました。有名な古式妖術と似ていますが、それと違うのは札単体で術を発動させるのではなく、複数枚の札と組み合わせて発動している点でしょうか」

 古式妖術、昔はよく使われていた妖術だが、現在では妖術の発展によって使われなくなった妖術のことをいう。

 その中でも一番有名と言っていいのが、札を使う御符術と呼ばれるものだ。

 しかしこれは、札に一つの術式を書くという手法であるため、一つの札につき一つの妖術しか使えず、複数枚と効果を重ね合わせるなどできない。

 だが、このような妖術を使う者に一人だけ心当たりがある。

「……これは」

 ふと目を向けた場所に青い札が一枚落ちてあった。

 逃げる時にほとんどの札は回収していたようだが、一つだけ忘れていったようだった。

「あの男が使っていた札ですね」

「……やはりあの男のようだな」

 考えたくはなかったが、ここまで証拠が揃うとあの男しか考えられない。

「もう一度、お前たちには付近全体の巡回をしてもらう。あの妖怪を見かけたら、すぐ俺に連絡しろ。手出しはするな」

 そう周りにいる夜烏の隊員に命令するが、どこか不服そうだ。

「なぜですか! あの妖怪は手負いです。特級妖怪であっても、私たちでも協力すれば倒せます!」

 一人の男がそう反論するが、それを聞き入れることはできない。

「あの妖怪だけならそれで良いかもしれないが、その裏にいる奴が厄介だ。なめてかかると全滅させられるぞ」

 そう忠告する。

「あの男はそれほど厄介なんですか?」

 眼鏡の男が恐る恐る聞いてきた。

「奴は、元・蓬莱所属の妖術師で五年前の京都事変で英雄と呼ばれている男だ」

「まさか……」

 京都事変の英雄、祓い屋業界では知らないものはいない。

 表向きは夜烏が京都事変を解決したことになっているが、実際は蓬莱、その中でもあの男の影響が大きい。

「西条正人、奴がこの事件を裏で操っているなら、お前たちでは相手するのは厳しい」

「でも、西条正人ってそんなに強いんすかね? 京都事変での活躍も契約妖怪であった九尾の狐が強いだけで本人自体は大したことないっていう話じゃないっすか」

 巡回していた内の一人がそう言う。

 他の奴らも黙っているが、同じ考えらしい。

「噂を当てにするな。あいつの契約妖怪である九尾の狐、九音は確かに強かったが、あいつ自身の実力も確かなものだ。そうでなければ、こいつら上級陰陽師三人が数分で倒されるはずがない」

 陰陽師には、四つの階級で分かれている。

 八咫烏、上級陰陽師、中級陰陽師、下級陰陽師の三つで、上級陰陽師は八咫烏に次ぐ実力者となる。

 八咫烏は上級陰陽師の中の上位八名に与えられる称号であるため、実質的には最上位の階級が上級陰陽師と言ってもいいほどだ。

 上級陰陽師三人が一人にやられている。あいつの実力は本物だ。

「契約妖怪がいなくなったといっても、奴は侮れる対象ではない。絶対手は出すな」

 そう全員に命じる。

「元・蓬莱所属の妖術師なら蓬莱に協力を要請しますか?」

 眼鏡の男が聞いてくる。

 現在は蓬莱を抜けているが、それでも蓬莱なら奴の情報を持っているだろう。しかし……。

「いや、奴らに話せば自分たちで始末しようと動くはずだ。動きによっては奴らに貸しを作ることになる。俺達だけで動くぞ」

 そう言って、集まっていた夜烏の者を解散させる。

 今回の神隠し事件は、夜烏の存在が公になってから、一番被害の大きい事件といっていい。

 そして、これが長引いたのは、夜烏の失態に大きく関係している。

 それでなくても、京都事変の一件で、蓬莱との溝は深まっている。

 直接対立しているわけではないが、お互いに目の敵にしている者もいるため、あまり蓬莱と関わりたくない。

 蓬莱の中には、西条正人と仲の良い人もいる。匿われる可能性もある以上、話す必要はないだろう。

「さて、どう動くか」

 西条正人が動くなら、奴の相手を務められるのは、現状俺だけだ。

 そう考えながら、河川敷を後にした。

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