一章 英雄と呼ばれし妖術師➇
「おらっ」
攻撃が続く。
今は河川敷の方まで逃げてきたが、さっき足を傷つけられ、自由に身動きが取れない状態になった。
普段なら躱せていただろうが、ここ数日、ずっと追われ続け、体力と集中力が疲弊していたからだろう。
死角からの攻撃に気付くのが遅れてしまった。
戦えば逃げるだけの隙を作れるかもしれないが、ここら辺の市街地にも被害が及ぶことは想像に難くなかった。
それは駄目なの。
このままだと私は死ぬのだろう。だとしても、他者を傷つけるくらいならその方が良い。
揺らいでいく視界の中、そう思っていた。
「最後にしましょうか」
眼鏡を掛けた男が、妖術を行使しようと、妖力を右手に溜めている。おそらく、これを食らえば、私は死ぬ。
だが、そう分かっていても逃げるだけの力は残されていなかった。
「雷槌!」
ついに解き放たれた妖力は雷の球に変化し、まっすぐ自分に向かっていく。
呆気ない最後だ。
ただ、その光景をぼーっと見ることしかできなかった。
その時だった。
私の目の前に五枚の青い札が飛んできた。
「雷槌……」
そこから雷の球が飛び出し、飛んできた雷の球とぶつかり、四散した。
「何! 雷の高等妖術【雷槌】を扱える祓い屋なんて、そうそういないはず。何者ですか!」
叫ぶ眼鏡の男と他の夜烏の二人も札が飛んできた方へ目を向ける。
「悪いな、そいつは俺の依頼人なんだ」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
私も声のする方向へ振り向くと、そこには西条正人が立っていた。
右手には、鞄とビニール袋を持っており、左手には、腰に巻くようなベルト状のものに札が何百枚も入りそうなケースを付けているのを手にしていた。
「悪いが、手を引いてもらえないか。じゃないと少し痛い目を見ることになる」
「何を言ってやがる。お前みたいなガキが調子乗ってんじゃねえよ」
刀を持った男がそう言うと、正人は不敵に笑った。
「じゃあ、仕方ない。お前らにはきっちり痛い目を見てもらおうか」
そう言って、右手の物を地面に置くと、左手に持っていたベルト状の物を腰に巻き付けた。
そして、三人に向かって走り出した。
正人の行動に対応するように、刀を持った男が前に出て刀を振り切る。それによって、刀に溜めていた妖力を放出して、一直線に飛んでいく。
それを正人は、ギリギリのタイミングで屈み、避けていく。
さらに続けざまに刀を振り、斬撃を飛ばすが、全てを避けていく。
「化け物か!」
男の刀が正人に届くくらいの間合いまで近づくと、正人は、刀の持ち手を狙って拳を振りかぶる。
それを察知したように、男は後ろに飛んで躱す。
「絶好のチャンスだ!」
残りの二人の内、眼鏡を掛けてない方の男が、正人に向かって、火球を投げつける。
正人は、黒色の札を三枚投げつけ、術を発動する。
発動した術によって生成した大量の水によって、火球は飲まれ、大量の水蒸気を放出する。
「くそっ! 何も見えねえ」
水蒸気によって、辺りの視界が遮られてしまい、夜烏の三人は戸惑っている様子だ。。
「妖力を辿ってください。妖力を辿れば、ある程度の位置は分かるはずです」
眼鏡の男がそういうが、ぐあっ、という声で誰かが倒れる音が聞こえた。
「まず一人目」
水蒸気による霧が晴れると、音がした方向に、正人と先ほど火球を飛ばした男が倒れているのが見えた。
「くっ、こいつ」
「待ってください。この人、相当な手練れです。二人で協力して掛からないとさっきの二の舞になりますよ」
刀を持った男が飛び出しそうなのを眼鏡の男が止めに入る。
「じゃあ、どうすんだよ」
「こうするんです。【雷帝の雷よ、今ここに顕現し、怒りの鉄槌を下せ】」
そう言って、眼鏡の男が私に向かって、先ほどと同じく雷槌を放つ。
先ほどと違い、詠唱することで先ほどより威力を高めた雷槌を放とうとしている。
すると、正人は私をかばうように前に出て、青色の札を五枚投げつけ、風の盾を形成して防御する。
雷槌が当たって霧散すると、直後、もう一つ雷槌が私たちに向かって打ち出される。それも風の盾によってなんとか阻まれた。
「今がチャンスだ」
先ほどの間に刀を持った男が近づいており、至近距離から先ほどの斬撃を繰り出す。
斬撃は正人と私を切り裂けるようになっており、このままでは正人が避けれても私は食らってしまう。
「これは流石に防げないな」
風の盾もいとも容易く切り裂かれ、斬撃が向かってくる。
「捕まってろ」
正人は私を抱きかかえ、何とか当たるギリギリで躱す。
「これで終わりだ!」
追い打ちをかけるように斬撃を繰り出そうとする男に、正人は赤色の札を五枚広げるように投げ放つ。
一瞬、刀を持った男は戸惑いを見せるが、即座に斬撃を放つ。
しかし、それは私たちには当たらず、ばら撒いた五枚の札を切り裂いた。
「次は確実に当てる!」
もう一度、刀に妖力を溜め直し、斬撃を繰り出そうとする。しかし……。
「早く後ろに引いてください! 攻撃が来ます!」
眼鏡を掛けた男の叫び声を聞いて戸惑うが、もう遅かった。
上に浮かぶ三枚の青い札から術が発動され、刀を持つ男に雷が降ってきた。
突然のことに躱せず直撃してしまい、刀を持った男も倒れた。
「これで二人目だな」
そう言って、正人は私を下した。
「何者なんですかね、あなたは。高位の妖術をここまで連発するなんて、その札なんなんですか」
「お前もなかなかの実力者だがな。一つの詠唱で、二つの術を行使する。できる奴は早々いない」
「防いでおいてよく言いますよ」
眼鏡を掛けた男は、警戒するかのように後ろに一歩下がる。
「まあ、そろそろ終わりにしねえとな」
正人は、青色の札を三枚投げつける。
「ちっ、紅蓮!」
それに反応して、青色の札を炎で焼き尽くす。
「雷閃!」
続けざまに雷の一閃を飛ばす。
それに対して正人は、青色の札を掲げて、同じ術を放つ。
二つの雷はぶつかり合い、そして、正人が放った雷が打ち勝った。
「何!」
驚く眼鏡の男は慌てるように体を捻り、何とか回避する。
そして、正人の次の攻撃に備えるよう、正人のいた方に目を向けるが、もう遅かった。
「えっ」
突然、足を振り払われ、何が起きたのか分からないような表情の眼鏡の男に正人は首に手刀を繰り出すと、男は気絶した。
「これで全員だな」
あっという間に三人の夜烏を倒してしまった。
これがあの噂に聞く最強の妖術師、西条正人の実力なのだろうか。
西条正人はゆっくり私の下まで歩いてきて、手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫なの」
彼の手を取り、立ち上がる。
手を伸ばした彼の姿は、聞いていた英雄のように頼もしかった。
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