一章 英雄と呼ばれし妖術師⑤

 しばらく歩いて、住宅街を抜け、近くにある商店街まで来た。

 そこの人通りが少ない通りに入って、路地裏で誰もいないことを確認して止まる。

 後ろにいるフードを被った妖怪も俺に合わせて止まった。

「俺に何の用だ?」

 そう問いかける。

 すると、フードを取ってこちらを見る。

 妖怪は、綺麗な銀髪で青い目が特徴的な少女だった。紫を基調とした服は動きやすそうだが、どこか教科書で見る平民の姿にも見え、現代とは時代が合っておらず、どこか浮いている印象である。

「あなたが西条正人?」

 問いかけで返された。

「そうだが、なぜ知っている?」

「妖怪の間では有名。京都事変の英雄にして最強の妖術師だって言われている」

「盛られすぎだな。俺は最強でもないし、英雄でもない」

 いつの間に俺はそこまで盛られているのだろう。確かに、俺は妖術師として京都事変にて、戦った。しかし、そこまで言われるようなことを俺個人ではしていない。

 それに京都事変で英雄だと言われているのは、俺の成果じゃない。

「そんなことはない。あなたが強いのは分かる」

「昔、強かったのは、俺の相棒が強かったからだ。俺自身の実力じゃねえよ」

 俺は頭を搔きながら、そう返す。

 俺が強い妖術師だと言われていたのは、俺の相棒だった妖怪が優秀だったからだ。俺だけでは、あの戦いで生き残ることはできなかったと確信している。

「あなたも強いのは事実なの。あなたに助けてもらいたいことがあるの」

「断る」

 話を切り出そうとするが、その前に拒否する。

「お願い、助けて欲しい。もうあなたしかいないの」

 目で訴えかけ、再度頼んでくるが、こちらとしては乗り気ではない。

「俺が妖術師だと思っていたから、俺の元に来たんだろうが、生憎俺はもう妖術師を辞めている。頼むなら、妖術師を束ねる組織、蓬莱に当たってくれ」

「蓬莱?」

「妖術師を束ねている組織だ。紹介くらいならしてやるが、俺自身が動くつもりは更々ない」

 俺はもう妖術師を引退して普通の生活をしている。

 下手に関われば、陽や茜、摩耶のような民間人を巻き込むことになるかもしれない。

 だから、俺はどれだけお願いされても受ける気はない。

「蓬莱じゃ駄目なの。話だけでも聞いて欲しいの」

 俺の袖を握って、もう一度頼み込む。

 振り払おうとするが、袖を握る力が強すぎて振り払えない。

 どんな怪力なんだ、この娘は。

「い、や、だ。さっきもいったが、俺はもう妖術師を引退したんだ。依頼を受けるつもりは毛頭ない」

「……私の知り合いが言っていたの。妖術師は、妖怪が困っていたら助けてくれる存在で、その中でも西条正人は、一度助けると決めたら見捨てないって。今の状況じゃ誰も私を助けてくれないの。頼りになるのはあなたしかいないの」

「誰にも頼れない状況なら、俺にも頼るなよ。それにお前は妖術師という存在を勘違いしている」

「……えっ」

 妖術師は、こいつが思っているような奴らじゃない。

「妖術師は、人と妖怪との共存を掲げる祓い屋の派閥の一つだ」

 祓い屋には、主に三種類に分けることができる。一つ目が、陰陽師。妖怪を悪と断定し、妖怪の撲滅を掲げる過激派組織だ。一般的に知られているのが、この陰陽師である。

 二つ目が、呪術師と呼ばれる祓い屋だ。こいつらは、言い換えれば、妖怪や妖怪を祓う力を悪用して利益を得ようとする犯罪者たちのことで、総称して呪術師と呼ばれている。

 そして、三つ目が、妖術師。妖術師は、人と妖怪との共存を掲げており、人であっても

妖怪であっても、助けてくれる。ただし……

「妖術師であっても、誰をも助けるわけじゃない。例えば、妖怪が犯罪行為をしていた場合、妖術師は祓い屋として妖怪を祓う」

「わ、私は何も悪いことをやっていない」

「お前らにとって悪いことではないのかもしれない。人間と妖怪では価値観も違うからな。お前が悪いと思っていなくても、悪い事をしたということも十分にありえる」

 妖怪の世界にルールと呼べるものはない。人間社会のように法律などの秩序があることもなく、祓い屋がいなければ無法地帯となっていてもおかしくない世界だ。

 もちろん、善悪の基準すら違う。

 この妖怪の様子から察するに、夜烏に追われているのだろう。

 分かっているが、俺が動くことはない。

「俺はもう妖術師じゃない。頼るんだったら、蓬莱にしな」

 そう言って掴まれていた袖を振り切って、踵を返してその場を去る。

 こいつが言う通り、冤罪かもしれない。それでも……。

「夜烏に喧嘩を売るのは御免だ」

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