一章 英雄と呼ばれし妖術師➃

「さ、三百って人間業じゃないでしょ」

「お前、プロ目指せよ。絶対、その方が良い」

 陽と摩耶は震えた声でそう言った。近くにいる茜も同意するようにうなずいていた。

 さっきは、調子が良かった。

 久しぶりに周りを警戒したからだろうか、集中力がいつも以上に研ぎ澄まされ、全てをストライクで終わらせることができた。

 この店での最高スコアらしく、記念にとボウリング店の公式マスコットのポンド君とピンちゃんのぬいぐるみセットをもらった。

……もう少し良い名前はなかったのだろうか。そのまますぎて、可哀そうなんだが。

「お前ら、ぬいぐるみいらねえか。あまりに自分に合わなさすぎるんだが」

「もらっておけよ! お前の勝利の証だろ!」

「そうだ、そうだ! ぬいぐるみが泣いてるよ!」

「……なんで、お前らはそんなテンション高いんだよ」

 陽と摩耶の二人の勢いに気圧されながら、はあ、とため息をつく。

 誰も要らないんだったら、捨てるかな。

 そんな事を思っていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。

「あ、良かったら貰っていい? 可愛いからちょっと欲しくて」

「いいぞ。誰も貰わなければ、捨てるつまりだったし」

「す、捨てる! 駄目だよ、こんな可愛い子を捨てちゃ」

 茜にぬいぐるみセットの入った袋を手渡す。

 受け取った茜は中身を少し見て、微笑んでいた。喜んでくれたようで良かった。

「この後、どうする? ゲーセンでも寄っていく?」

「そうしたい所だけど、もう六時過ぎてるぜ。こんなご時勢だし、流石に帰った方がいいんじゃないの」

 陽がそう言うと、俺もうなずく。

 神隠し事件のこともそうだが、ずっと付いて来ているこの妖怪もどうにかしないといけない。

 俺自身早めに解散したかったため、賛成する。

「そうだね。また、いつでも遊べるし、今日はこのくらいにしとこうか。西条君、私と陽は電車だから、ここで別れるけど、茜をちゃんと家まで送り届けるんだぞ」

「ま、摩耶ちゃん。私は大丈夫だよ。正人君も遠回りになっちゃうし」

「いや、何かあってもいけないから、送っていく。ちょっと回り道するだけでそんなに遠くないしな」

 摩耶の言う通り、茜を一人で帰らせるのは危ない。

 早く妖怪の対処をしたいのは山々だが、先に送ってからにしよう。

「それでよし。それじゃあ、またね。茜、頑張るんだぞ」

「が、頑張るって何を。ま、またね」

「それじゃあな。ちゃんと送ってあげろよ。正人」

「分かってるよ。じゃあな」

 そう言って、二人と別れて、茜の家の方角に歩き出す。

 日が暮れてきて、街灯に明かりが灯る。

 何やら、茜の様子がおかしいが、触れないでおく。

「ありがとうね、送ってもらって」

「大したことじゃねえよ。今の状況じゃ、不安だろうしな」

 神隠し事件について、恐怖を覚えている茜にとっては、一人で帰るのは不安になるのは、当然だと思う。

「正人君は不安じゃないの? 自分が妖怪に襲われたらって思わない?」

 茜はじっと俺の目を見て、問いかける。

「確かに怖いし、不安になる。妖怪が見えないってことは、妖怪について分からないってことだ。分からないものほど、怖いものはない」

 本当は妖怪が見えているが、誰にも話していないため、誤魔化しながらそう答える。

「分からないから怖いん……だね。私は分かっていても怖いよ」

 俯いた茜は、足を止めた。

「茜は妖怪を見たことがあるのか?」

 反応から察してはいるが、そう聞くと、うん、と頷く。

「五年前に一回だけ。親と旅行で行った京都で見たの」

「……京都事変か」

「うん、私が見たのは落ち武者みたいな妖怪でね、一瞬で両親の首が跳ね飛ばされたのだけ覚えている。そこからは気を失って、いつの間にか避難所にいた。多分、陰陽師の誰かに助けられたんだと思う」

 京都事変の死者は、分かっているだけで五百人以上、行方不明者を合わせれば、千人を超えると言われている。

 妖怪を初めて見た光景がそれだと、怖く思うのも無理はない。

 実際には、良い妖怪だっている。人畜無害な妖怪も多い。

 だが、それは見えてるから分かることだ。

 普段見えないものは、何か分からない恐ろしいものでしかないし、そんな経験をしたら猶更だ。

「今は親戚の人に後見人になってもらって、一人暮らしして、ここ最近は思い出さなくなったけど、今回の事件であの時のことを思い出しちゃって」

「そりゃ怖いだろ。最初がそれじゃ」

 同意する。妖怪が怖いものであることは間違いないし、陰陽師からの情報とその時の情景しか知らないなら、怖くて当たり前だ。

「でも、心配する必要はない。今は、妖怪をどうにかしてくれる奴らがいるし、いざとなったら、俺達もいる」

「ありがとう。そう言ってくれるだけでうれしいよ」

 そう言って、茜は微笑む。

 少し恐怖が和らいだようだ。

 それから、しばらくは和やかに会話が進み、気が付くと、茜の住んでいるアパートの前まで来ていた。

「今日はありがとう。またね、正人君」

「おう。また学校でな、茜」

 そう言って、茜と別れる。

 茜が部屋に入ったのを見届けた後、歩き始めた。

 後ろからは、茜と喋っているときもずっといたフードの妖怪が後に付いてくる。

 早く家に帰りたいところだが、こいつをどうにかしなければ、それは無理そうだ。

 はあ、とため息が零れた。

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