一章 英雄と呼ばれし妖術師➁
「いやあ、西条君も来れるようで良かったよ」
隣を歩く摩耶からそう声を掛けられた。
摩耶は、茶髪のボブヘアでクラスのムードメーカーのような存在だ。
「基本的に予定が空いているからな」
「西条君は部活入ってないもんね」
部活やればいいのに、という目で訴えかけてきた。そんな様子を見て、右隣にいる陽がフォローに入る。
「そういえば、摩耶は入学当初の正人争奪戦を知らないんだっけ」
「正人争奪戦?」
疑問符を浮かべる摩耶に茜が、知らないの、と聞き返す。
茜は、黒髪のロングヘアで、特徴的な緋色の眼を持った女の子だ。部活は弓道部に所属しており、一年の頃からエースらしい。
クラスの同級生たちからは人気で、男子内で女子に秘密で人気投票を行った所、一位だったらしい。ちなみに二位が摩耶だったとか。
茜にすら知られているとは驚きだが、あそこまで騒ぎになっていれば、流石にそうかと思った。
「正人争奪戦は、運動部を中心に正人をどこの部活に入れるかで起きた戦いさ。あれは本当に酷かったね」
「酷かったってもんじゃない。四六時中追い掛け回されて、大変な目に合った」
あのときのことは今もよく覚えている。
入学当初、たまたま席が近くて仲良くなった陽に誘われ、色々な部活を体験しに行くことになった。
そこで、簡単な試合をやった際、全勝してしまったのが始まりだった。最終的に、自分たちが体験に行ったクラブだけでなく、運動部全体から狙われるようになった。
学校に着くと、先輩がいて勧誘を受け、休み時間になると他の先輩が勧誘しにきて、放課後になると、運動部の先輩方に囲まれる、という得難い経験をしたのだった。
数日後、先生方からの厳重注意を受け、このような強引な勧誘は無くなったのだが、そのおかげで部活に入る気が失せた。
陽も、この件を見て部活に入る気が失せたのか、それとも俺に申し訳なくなったのかは分からないが、部活に入っていない。
「あれは凄かったよね。私も見てて、怖かったもん」
茜もその様子を見ていたらしく、苦笑いをしている。
「そんなことあったんだ。私は正人と同じクラスじゃなかったし、入学してすぐに軽音部入ったから知らなかったわ」
「割と有名だぞ、学校全体を巻き込んだ騒動になっていたからな。知らないのお前だけじゃないか」
「いちいち喧嘩売ってくるんじゃないわよ!」
陽がからかうと、摩耶がそれに言い返す。怒っているようにも見えるが、なんだか楽しそうだ。
二人は、家が近所で幼馴染らしく、昔からちょっとしたことで喧嘩したり、からかい合ったりしていたらしい。
しかし、このまま放っておくと、いつまで続くかわからないので、茜と共に止めに入る。
「せっかく遊びに行くんだから、早めにどっか行こうぜ」
「そうだよ。早くいかないと日が暮れちゃうよ」
「そうだね。じゃあ、ボウリング行こう! そこでこいつを倒す!」
「やれるものならやってみろ。今回も俺が勝つ!」
矛先が違う所に向いただけのような気もするが、話が進んだので良しとしよう。
大通りに出て、近くのボウリング場へ歩き出す。
現在は夕方だが、いつもはもっと多くの学生で賑わっているが、そうした学生も少ないらしく、いつもより静かだ。
少し歩いて、横断歩道を渡ってすぐの所に二人の夫婦がチラシのようなものを配っていた。
「私たちの娘を見かけませんでしたか?」
「ここに映っているのが娘なんです。何か知っていることがあったら教えてください」
渡されたチラシを見ると、その人たちの娘の名前と写真、その他いなくなった時の服装など細かくかかれており、最後に大きな字で何か知っていれば、情報をお願いします、と連絡先と共に書かれていた。
「これって、もしかして……」
チラシを見た茜は表情を曇らせた。
「今起きている、連続神隠し事件の被害者みたいだな」
「ニュースでも大きく取り上げられていたよね。これで五人目らしいよ」
陽たちもこの街で起こっている事件のことを思い出したらしい。全員が少し暗い表情を見せる。
「でも、こんなに長引くのって珍しいよな。陰陽師が動いているのによ」
陽が、疑問に思ったのか、そう口に出す。
「妖怪が起こした事件って分かってるのにね。今回の事件、思ったよりやばいのかも」
茜もそれに頷くように言う。身体が少し震えているように感じた。
「大丈夫だよ。陰陽師が動いてるんだしさ。それに、私たちには妖怪が見えないんだから、考えても仕方ないでしょ」
「でも、陰陽師が出てきてから、こんなに事件が長引いた事なかったよね。何か大変なことが起きているんじゃないかな」
摩耶が励まそうとするが、茜は不安が解けないらしく、今にも泣きそうだ。
それも当然なのかもしれない。
妖怪、これが世間に周知されるようになったのは、五年前に起きた一つの事件だ。
京都の街を妖怪たちが襲撃した事件で、一般市民に大きな被害を出した。
京都の中心部で起きたこの事件は京都事変と呼ばれている。
この事件の解決に動いたのは表向き陰陽師という集団だったとされている。陰陽師は妖怪を祓うことを仕事とする輩で、妖怪を見る力と倒す力が備わっている。
この事件以来、政府は妖怪の存在を認め、陰陽師を妖怪から国を守る存在として重用しており、国からの援助を受けて存在する巨大な組織となった。
それから五年間、このような大きな事件は一度も起きていない。いや、事態が大きくなる前に終息させているため、このように事件が長引くことは考えていなかったのだろう。
「心配しなくても、陰陽師ならなんとかすると思うぜ。ほら、あそこを見てみろ」
俺は、街をうろうろしている黒を基調とした装束を身にまとった男を指さして言う。
「ここまで事態が悪化したんだ。陰陽師だって対処するために相当な数出す筈だ。数日中にこの事件は解決すると思うぜ」
「確かに、周りを見ると陰陽師がいっぱいいるね」
先ほどの黒装束と同じような格好をした人がこの近くだけでも十数人いる。
彼らの服装は陰陽師の組織、夜烏の制服のようなものだ。
登校途中にも見たが、この地域だけでも百人程の人間が動員されている。
夜烏の総数は二万人程度と言われており、そのうち、この市に定住して活動している者は二十人程度である。
これだけの人数を使ってきているのは、夜烏の本気が伺える。
「確かにこれだけいれば、なんとかなりそうな気もするな」
「そうだね。だから大丈夫だよ、茜」
「……うん、そうだよね。きっと、どうにかなるよね」
そう返していたが、茜の表情は曇ったままだった。
「とりあえず、気持ちを切り替えて、今日は楽しもうぜ」
「「おー!」」
陽と摩耶の二人はそう言って、前を歩き始める。その後ろを俺と茜は着いていく。
「貴方が西条正人?」
「……!」
突然、後ろから声を掛けられ、咄嗟に振り返る。
そこにはフードを被った謎の人がいた。
「……どうしたの?」
茜も俺が振り返って立ち止まったため、気にかけてくれたようだ。
「ちょっと、後ろに気配を感じてな」
「でも、誰もいないよ」
茜が辺りを見渡しながらそう言う。
茜には、このフードを被った人は見えていないようだった。
普通の人には見えない存在、つまり、こいつは妖怪だ。
「西条正人、貴方に話が……」
「多分、気のせいだ。早くあいつらを追おうぜ」
「そうだね」
「えっ。ちょ、ちょっと待って……」
フードを被った妖怪を無視して、茜と共に、二人の背中を追う。
そんな俺達の後をフードを被った妖怪が追ってくる。
何やら俺のことを知っているらしいが、嫌な予感しかしない。
これは関わらないに限る。本能が告げていた。
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