一章 英雄と呼ばれし妖術師①

「西条、起きろ西条!」

 頭に響く大きな声を聞いて目を覚ます。

 顔を上げると、そこには怖い笑みを浮かべた巨漢の男、内村先生が仁王立ちしていた。

「授業中に居眠りとはいい度胸だな、西条」

 眉間に寄った皺で今にも爆発しそうな怒りを感じることができた。

 教室の生徒たちはまたか、という表情で俺を見ていた。

 現在、この教室では古典の授業が行われていたらしい。

 黒板には、古文の原文と現代語訳が丁寧に書き写されており、助動詞などに線が引かれており、分かりやすい解説が記されていた。

 授業を行なっている身としては、居眠りなどされては腹も立つだろう。

「すみませんでした」

 自分が完全に悪いので頭を下げる。

「そんなに退屈なのか、俺の授業は」

「そんなことはないですよ。竹取物語、面白いですよね」

 自分にとっては既に理解した内容であるため、はい、と答えたいが、そう答えればより怒らせてしまうのが目に見えているため、心の中で飲み込んだ。

 そんな俺のことを見て、ほう、面白いか、と呟いた内村先生は教壇に置いた授業の資料と思われる筒状に巻いた紙を手に取った。

 それを広げて、磁石を使って黒板に貼り付ける。

 そこには印刷された写真があり、古文書の原本といえるものを持ってきたのだろう。

「それなら、これが読めるか。読めるんだったら、授業の内容を理解しているものとして、居眠りを大目に見てやろう。読めなかったら、今度からちゃんと授業を受けてもらう。まあ、読める筈がないだろうがな」

 自信満々に腕を組みながら、先生は言う。

 正直言って、高校生に出すような問題ではない。それこそ、大学の文系に通っていて古文に関して習っているような学生でないと、答えれないだろう。

 本当に大人げない。

 まあ、悪いのは居眠りしていた自分なので仕方ない。

 そう思いながら、書かれている文章に目を通した。なるほど、この話か。

「これは燕の子安貝の話ですかね。中納言石上麻呂足が燕の子安貝を取ろうとして落ちてしまったシーンですね。自分が取った物が燕の子安貝ではなく、ただの燕のフンで嘆いている場面で合ってますか?」

 先生の顔を見ると、かなり驚愕した様子だった。

「何故、そんなにすぐに分かる! 教科書にも載っていない内容だぞ」

 教科書に載っていないような内容を生徒に出す大人気なさに呆れるが、元はといえば自分が悪いので反論できない。

 本当は、これで答えられない俺を強制的にでも授業に参加させるつもりだったのだろう。しかし、俺が正解を即答したため、かなりへこんでいるようだ。

「俺は親が古文書とかを読むのに詳しかったから、分かっただけですよ。……なんかすみません」

「そう思っているなら授業をちゃんと受けてくれないか」

「……善処します」

 その言葉で内村先生は、はあ、とため息をついた。

 それと同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「今回の授業はこれで終わりだ。西条、次こそちゃんと授業を受けてもらうぞ!」

 そう言って、先生は教室を出て行った。

「なんか悪いことしたな」

 そう呟きながら、自分の席に座り直す。

 次の授業は寝ないようにしないとな、と思うが、あまりの眠気に欠伸が溢れる。

「よう、ミスターパーフェクト。相変わらずだな」

 後ろからそんな言葉が聞こえてきて、振り返るとそこには金髪に染め上げた男が立っていた。

「そのあだ名で呼ぶのを辞めろ」

「カッコいいあだ名だからいいんじゃねえの。ミスターパーフェクト、入学当初から今に至るまで全てのテストで満点を取り続け、スポーツ、美術、裁縫、料理、といった全ての科目でトップにいる男のあだ名としてこれに優るものはねえぜ」

「たまたま、全部できただけで俺は皆が思っている程、完璧じゃない。そのあだ名は俺に不相応だ」

「相変わらず、正人は自己評価が低いな」

「それより用件は何だ、陽」

 陽は、基本的に休み時間に話しかけに来ない。昼休憩中に一緒に飯を食ったり、帰る時に話したりする以外に話しかけにくる時は何か用件があるときだ。

 まあ、つまらない用件のときもあるのだが。

「ああ、今日さ、茜と摩耶が部活休みで暇らしくて、ちょっと遊びに行こうと思ってるんだが、お前も来るか?」

 茜と摩耶は、高校に入ってからの友人で、部活休みやテスト終わりの時に、よく遊びに行っていた。

 二年に上がってからは、新入生の勧誘などで忙しかったようだが、今日は休みのようだ。

「分かった、予定もないし行くわ」

「了解。久しぶりに楽しもうぜ」

 そんな会話をしているとチャイムが鳴った。

「もうこんな時間か。じゃあ、また放課後な」

 そう言って、陽は急いで自分の席に戻っていった。

 今日、最後の授業だし、最後まで起きとかないとな。

 数分後、机に伏せて寝てしまった。

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