妖術師

ビオン

序章 かつての相棒

「正人、飛ばし過ぎだ」

 前を走る少年、正人にそう声を掛ける。

 辺りを見渡すと、少し前まで繁華街だった街が崩れ落ちており、至る所から悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。

 声を聞いた正人は私を見下ろして、少しバツが悪そうな顔で言う。

「九音、そうは言ってもこの状況じゃ、どれだけ取り残されてるか分からない! 急がないとダメだ!」

「確かにそうだが、連戦続きだ。この戦闘がいつまで続くか分からない以上、温存しておくべきだ。それでなくてもお前は……」

「分かってるよ。でも、それが見捨てる理由にはならないだろ」

 そう言って、正人は悲鳴が聞こえた方へ駆け出す。せめて戦闘だけでも避けてほしいが、そういうわけにはいかないだろう。

 終わりの見えない戦闘に溜息をつきつつ、正人を追う。

 しばらく行くと、三つの影が見えた。一つは全長三メートルほどある巨体、昔話などで出てくるような鬼である。残り二つの影は、一人がその巨体の近くで震えている青年だが恐怖で動けなくなっており、もう一人は巨体の左手に掴まれており、今にも食われそうである。

「正人! 私が鬼を引き受ける。その間に二人を避難させろ!」

「いや、俺が鬼を引き受ける。子供の俺じゃ、あの二人を避難させるのに時間がかかる。俺が鬼を引き付ける方が効率的だ」

「……了解だ。無理をするなよ」

「分かってる!」

 そう言って、正人は腰に付けてあるポーチから、青色の札を三つ取り出し、鬼の左腕近くに投げた。

 正人一人に鬼の相手を任せるのは心配だが、今はそうするしかない。

 鬼は気付いたようで、飛んできた札を警戒するかのように見ていた。その隙に、動けなくなっている男の元へ駆けていく。

「大丈夫か?」

「……あ、ああ。」

 男は戸惑いながらも、そう答えた。男の目線は私の身体を見ていて、困惑している様子だった。

 そんな彼を自分の背に乗るよう言い、背に乗せる。そして、鬼の方へ向かって走り始めた。

「風刃!」

 正人がそう唱えると、札は光り出し、三枚の札同士で線を結び、陣を作った。そして、そこから風の刃が飛び出し、鬼の左腕目掛けて飛んで行った。

「ウギャアアアアアアアアアアアアアア!」

 化け物の悲鳴が辺りに響き渡り、左手に掴んでいた男を離した。

 急いで走っていき、落ちていく男が地面に衝突する前になんとか助けることができた。

「大丈夫か?」

「な、なんで狐が? しかも九本の尻尾がある」

 どうやらこの男も私の姿に驚いているようだった。当然だ。一般の人間は初めて見るものなのだから。

「私は狐の妖怪だ。九尾とも呼ばれている」

「きゅ、九尾、伝説の妖怪の? それに子供が戦っていて……。俺は夢でも見ているのか」

「夢ではないな。お前たちは痛みを感じているはずだ。妖怪は実在する。今まで表舞台にたっていなかっただけだ。鬼と戦っている子供も妖怪を祓う力を持った妖術師だ」

 そう答えたが、まだ現実に思考が追い付いていないようだった。まあ、いきなり言われても分からないことだらけだから、仕方ないだろう。

 そんな彼らを自分の背に乗せて、仮設された避難場所に向かって駆けていく。

 正人も心配だが、今は彼らを避難させることが最優先だ。

 しばらく駆けていると、人影が数人見えた。そこに駆け寄ると、背に乗せた男たちを下す。

「九音様!」

「この一般人たちを連れて、安全な所に行け! 正人が特級妖怪と交戦中だ。先ほどは上級妖怪も見かけた。高位の妖怪が多くいる以上、ここは危険だ。二人を警護しつつ、南の避難場所に向かえ。そちらの方はまだ安全なはずだ」

 私を知っているらしい男に、早口で現状を知らせ、指示を出す。

緊迫した状況を察知したのか、分かりました、と頷いて、助けた男たちと近くにいた数人と共に南に向かっていった。

「彼らはとりあえず大丈夫だろう。問題は……」

 彼らを見送ると、背を向け来た道を大急ぎで引き返す。

 正人は強いが、才能があるが故に天狗になっており、まだ年相応の子供だ。油断して、死んでしまわないか心配になる。

「正人、大丈夫か?」

 元の場所に戻ると、正人は未だに交戦していた。鬼は、右腕だけを振るって攻撃を仕掛けているが、正人が回避しながら札で攻撃を仕掛けることでダメージを蓄積されているようだった。

 そんな中、九音に気付いたようで、正人が返事する。

「大丈夫だ。とりあえず、こいつを倒すぞ。放置しておくと危険そうだ」

「正人……分かった」

 正人の言う通り、鬼を放置しておくのは危険だ。

 鬼は、巨体の怪物で、一撃で街一つを破壊できるような力がある。手負いとはいえ、野放しにしておける存在ではない。

 正人と共に怪物に向き直る。

 怪物は、こちらを見て、視線を外そうとしていない。すごく警戒しているようだった。

「速攻で倒す」

 そう言って、今度は赤色の札を五つ投げた。

 これらが鬼の足元に正五角形を作るように配置される。

 何か危険を察知したのか、鬼は足元に出来た陣から逃げようとするが、札が光り出し、先ほどと同じく札同士で線が結ばれていき、陣から炎の柱が形成される。

 この炎に閉じ込められた鬼は、苦しくもがいているようだった。

出るために足掻いている鬼に止めを刺すために、私も術を構築する。そこに、正人が青色の札を三枚私の方へ投げる。

「それで止めを刺せ!」

「了解だ!」

 正人の投げた札の方へ火流奥義紅蓮を放つ。解き放たれた紅蓮は、通った所を一瞬で燃やし尽くし、炎の道を作っていく。そして、正人の札にぶつかった瞬間その巨大な火球が、収縮され、サッカーボール程度の大きさとなり、鬼の方へ飛んでいく。

 鬼は、その怪力を地面にぶつけ、炎の牢獄を破壊したが、直後、紅蓮にぶつかる。

 その瞬間、鬼の身体を紅蓮が飲み込んだ。炎の中で鬼の身体が消滅する姿が見えた。

「ふう。一瞬で終わったな」

「短期決戦を狙いに火力で押し切ったからな。流石に奴と長期戦になれば、私たちが不利になるからな」

 確かに、鬼は正人との戦闘でかなり消耗していたが、自慢の怪力は健在であのままじりじり戦っていては、こちらが持たなかっただろう。だからこそ、私たちは、火力でのごり押しを選んだのだが、思っていた以上に上手くことが運んだようだった。

「足にもかなりダメージいれてたから、あっさり炎牢にも捕まってくれたしな。まあ、倒せてよかったわ」

「そうだな。それじゃあ、一旦引くぞ」

「はあ! なんでだよ!」

 正人は撤退に不満なようで抗議する。

「正人、これまで特級クラスと五連戦している。その前には雑魚共とも一戦交えている。これ以上はお前の妖力では厳しいだろう」

「そんなことねえよ。まだ戦える!」

「戦えたとして、これがいつまで続くか想像できん。始まって、二時間近く経つが、未だに膠着状態が続いている。いつまで続くかわからない以上、温存しておくべきだ。それに、避難している一般人たちを襲撃するものが出てくるかもしれない。そちらを守る方が現状では良いのではないか?」

 そう諭すと正人は、分かったよ、と小さな声で言い、踵を返して、避難所へ足を向ける。

 正人があっさり引いてくれて、少し安心した。いつもなら、まだ反発しそうだが、正人自身、この今までと違った空気を感じ取っているのかもしれない。

 そんな彼に続き、私も歩き出した。

 その時だった。

「正人、引け!」

 こちらに凄い速度で近づいてくる気配を感じ取り、咄嗟に叫んだ。

 正人が一瞬で止まって後ろに飛び退く。

 直後、正人が先ほどいた場所の地面が真っ二つに割れた。

「おや、躱されましたかな。流石、最年少で十席に選ばれるだけのことはある」

 前から一人の男が歩いてきた。容姿から五十代くらいだと思われるが、身体はがっちりとしていて、老いを感じさせない。その右手には、二メートル近くある薙刀を持っており、そこからは膨大な妖力を感じられる。きっとこれによって、地面を割ったのだろう。

「思ったよりやばそうだな。お前が事を起こしたリーダーか?」

 正人が問う。

 それにニヤリと笑って、男は返す。

「確かに私がこの事件の首謀者と言えますな。ただ、それを聞いてどうするのですかな?」

 その質問に間髪いれずに正人は答える。

「決まってるだろう。お前を倒してこの戦いに終止符を打つ」

「正人! 分かってるだろう。こいつは危険過ぎる。先程相手していた妖怪と比ではない。逃げることを優先すべきだ!」

「こいつがそう簡単に逃してくれる筈がないし、逃げたとしてもコイツを野放しにすれば、被害はさらに増える。だったら、ここで倒しに行った方が良い」

 正人が直ぐにそう返す。正人が言うことも一理ある。だが、戦って勝てる気が全くしないのも事実だった。

「だったら、助けを呼ぶべきだ。私がここを引き受ける。正人は助けを呼びに行け」

「それも駄目だ。相手が強すぎる。この辺にいる奴らじゃ相手にならない。他の十席も、被害の大きい地域に散らばっている。今俺たちがやるしかないんだ」

 正人の理屈は正しい。しかし、このまま戦ってはならないと本能が告げていた。

「作戦会議は終わりましたかな?」

 ゆっくり男は近づいてくる。猶予などもう無かった。

「やるぞ」

 小さく正人は言う。その曇りなき目に若干の不安を覚えながらも戦闘態勢に入る。

 直後、正人と男が一歩踏み出す。

 最後の戦闘が始まった。


   ***


 五月五日、世間はゴールデンウィークを満喫しているであろうときに事件は起こった。

 怪物たちが京都を襲ったのだ。

 これによる死者数は五百六十九人にも及び、京都は混乱の嵐に包まれた。

 そこに陰陽師と名乗る者が現れた。

 陰陽師たちは、この事件が妖怪とそれを悪用しようとした呪術師によるものだといい、妖怪を祓う力を持つ彼らによって、事態は落ち着いた。

 この事件の後、妖怪という存在が世間に広まり、認知されることとなる。

 そして、陰陽師は妖怪に対処する機関として、政府からの支援を受け、活動することとなった。

 後にこれは京都事変と言われ、世間に妖怪と陰陽師の存在を世間に周知するものとなった。

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