第26話 「朱莉と蒼と紫夕と翠と白亜が混ざった感じの人」
「―――ごちそうさまでした。ありがとな、蒼。めちゃくちゃ美味かったぞ」
「お粗末様。虹にそう言ってもらえてうれしいわ。もしよかったらこれからも夕飯作ってあげるわよ?」
蒼からとても魅力的な話を持ち出される。今食べた肉じゃがもすごく美味かったし、これが毎日食べられるのなら幸せだろうけど、さすがに毎日は申し訳ないので「たまにはお願いしようかな」と言っておく。幸い蒼もそれ以上は強く言ってこず「わかったわ」と素直にうなずいてくれた。ここで意固地になったら、毎日やる・やらないの不毛な争いが始まりそうだったので、蒼が引いてくれて助かった。
ちょっとした雑談が終わった後、蒼が食器を流しに持っていこうとしていたからあわてて声をかける。
「蒼、何をしようとしているんだ?」
「何って片づけだけど?」
「さすがに片づけはやらせてくれ」
「別にいいのに‥‥」
蒼はそんな風に言うが、片づけまでやらせてしまうのは忍びないので少し強引に汚れた皿を奪う。口で言ったところで聞いてくれなさそうだし、実力行使だ。
「さあさあ、お弁当と夕飯まで作ってくれた蒼さんは座っていてくださいな」
「わかったわよ‥‥」
蒼は最後まで不満そうにしていたが、背中を押して強引にキッチンから追い出したことで渋々ながら納得してくれたようで、リビングのソファに座ってくれた。これで心置きなくお皿を洗うことができるな。
「ねぇ、虹」
「どうした?」
お皿を洗い終わり、布巾水気をとっていると、ソファに座った状態で顔だけをこっちに向けながら蒼が話しかけてきた。
「虹って好きな女性のタイプとかいるの?」
「また突然だな‥‥」
唐突な蒼の質問に俺は苦笑する。加えてなんの前振りもなく質問されたものだから、少しだけ動揺もしている。
「女性のタイプかぁ‥‥」
蒼の言葉を復唱しながら考えてみるが、今まで女性のタイプなんて考えたことがなかったから、パッと出てくるものはない。いや、実際には頭に浮かんだ要素はあるのだが、これを蒼に言うのはどうも
「虹、どうしたの?」
あまりにも長考しすぎたせいか、心配そうな声で蒼に声をかけられる。
「あぁ、ごめん。ちょっと深く考えすぎちゃって」
「女性のタイプがそんなに難しいの?」
「いや、難しいとかじゃなくて、単純に蒼に言うのはちょっと憚られるというか‥‥」
言葉を濁す俺に、蒼はソファに座るのをやめて俺の前まで歩いてくる。
「別にどんな答えが来たって私は引いたりなんてしないわ。だから教えて頂戴」
「え、えっとぉ‥‥」
そのままの勢いで目と鼻の先まで顔を近づけてくる蒼。朱莉の時からそうだけど、この人たち距離近くない?目の前に美少女の顔があるのって、相当緊張するんだけど。
そんな風に思いながらも、声を絞り出して答える。
「お、俺の女性のタイプは、朱莉と蒼と紫夕と翠と白亜が混ざった感じの人‥‥かな」
しどろもどろになりながらそう答えるが、はっきり言って俺の言っていることは意味が分からない。なんだよ、朱莉と蒼と紫夕と翠と白亜が混ざった感じの人って。どんな感じだよ。目の前の蒼もポカンとして固まってるじゃないか。しかもこの部屋の空気が若干固まっちゃったし。どうすんだよこの空気!!
「えっとぉ、ごめんなさい。もう少し詳しく教えてくれるかしら」
しばらくの間ポカンとした状態だった蒼が正気を取り戻し、再度俺に質問を投げかけてくる。
「え、えと俺が言いたかったのは、朱莉みたいに明るくて、蒼みたいにクールで紫夕みたいにちょっとぶっきらぼうで、翠みたいに雰囲気が柔らかくて、白亜みたいにミステリアスな人が良いなって。いや、自分でも何言ってるかわかんないんだけど」
少し早口でまくし立てる俺を見つめていた蒼は、突然「プッ」と吹き出し、直後には「アハハハハ」と笑い出した。
「何言ってるの虹。そんな人いるわけがないじゃない」
目元で光っている涙を指で
「いや、自分でもわかってるんだけど。タイプを聞かれたときに真っ先に思いついたのがそれだったから」
俺の弁明にも蒼は「なにそれ」と言いながら笑っている。
なんだかんだで、蒼がこんなふうに笑っているのは、久しぶりに見たかもしれない。成長するにつれて蒼はどんどんクールになっていったし、普段はこんな風なのかもしれないが、俺にはこんなふうに笑う蒼が新鮮に見えた。
「久しぶりにこんなに笑ったわね。参考にするつもりで聞いたのだけれど、こんなに予想外の答えが返ってくるとは思わなかったから参考にすらならなかったわ」
「頼むからさっきのは忘れてくれ‥‥」
蒼にさっきの話を蒸し返されて羞恥で悶えそうになる。自分でもさっきの言葉は理解できないし、いい加減忘れてほしい。
「まぁいいわ。どっちにしろ参考にするつもりだったし。私なりに虹のタイプの意味を考えてみるわ。そして答えが出たら私はそんな風になれるように頑張るから、楽しみにして置いてちょうだい」
そう言ってウインクしてくる蒼の顔に、なぜかほかの4人の幼馴染の顔が重なって見えた。
―――――――――――――――――――――
橙:「どんどん5人にとかされていってるなぁ、虹」
作:「割と早い段階でヒロインレースの決着つくんじゃないか?」
橙:「そんな単純でもないと思うぜ。まぁ、ほかの3人にも期待だな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます