第25話 「必ず虹の胃袋を掴んでみせるんだから」

「虹、一緒に帰りましょ」

地獄のような空間になっていた昼休みが終わり、午後の授業も乗り切った後の放課後、蒼にそう声をかけられた。

「あぁ、帰ろうか」

断る理由もないし、どうせ断ろうとしたところで認められるわけがないので大人しくうなずいておく。なんだか奥さんの尻に敷かれている旦那さんの気分だ、いやまぁ、結婚してるわけじゃないんだけど。


「ねぇ虹、今日の夕食は私が用意したいわ」

帰り道、唐突に蒼がそんなことを言い出した。

「いや、お弁当まで用意してもらったし、夕食までごちそうになるのはさすがに申し訳ないよ。いつも通り俺が作るよ」

ただでさえ、普段からわざわざ一緒に夕食を食べてもらったりしているし、今日もお弁当を用意してもらったのに、夕食まで作らせるのはさすがに気が引ける。そう思って断ろうとしたのだが、

「今日は私が虹を独占できる貴重な日なの。それに何のために1人が独占するのか忘れたのかしら?それぞれが虹にアピールするためよ。なら虹の胃袋を掴むチャンスを逃すはずがないでしょ?」

と言われてしまった。

まぁ、確かに蒼の言うとおりだよな。彼女たち5人にとってはこの数少ない時間は無駄にはできない。だから蒼は少しでも有効活用をしようとしてきているのだろう。そこまでして蒼たちは俺にアピールしようとしてくれているんだし、俺も少しはその気持ちにこたえるべきなのかもしれない。

「わかった、それじゃあ夕食も蒼にまかせようかな」

「フフッ。任せて頂戴。必ず虹の胃袋を掴んでみせるんだから」


「蒼は、何を作るつもりなの?」

「秘密。この間私たちの我儘に応えて夕食を作ってくれた時も、虹は最後まで秘密にしていたからね(第5話参照)。今日何を作るかは最後まで秘密よ」

蒼は、店頭に並んでいる商品を吟味しながら、俺の質問に答える。

今、俺の家にはほとんど食材がないということで帰り道にそのままスーパーに夕ご飯に使う用の食材を買いに来ているところだ。

「そっか。それなら仕方ないな」

蒼の口ぶりからして、どれだけ追及しても教えてくれなさそうだし、ここは大人しく引き下がっておく。追及するだけ無駄だろう。

「うん、楽しみにしておいてちょうだい」

明るい子でそういう蒼は、少し蠱惑的な笑みを浮かべていた。


「蒼、俺も何か手伝おうか?」

スーパーで買ってきた食材などを冷蔵庫にしまいながら俺は蒼に聞く。さっきは何を作るのかは内緒だと言われたが、さすがに全部を蒼にやってもらうのは大変だろうから、野菜の皮むきや米を炊くなど簡単なことくらいは手伝いたいのだが。

「ううん、大丈夫よ。さっきも言ったみたいに最後まで虹には何を作っているのかは

知られたくないし。虹のことだから使っている食材とか、調理の仕方とかでなんの料理かはだいたい把握してきそうだし」

案の定、俺の提案は断られた。まぁかなりダメ元での提案だったし、しつこく手伝おうとするのも無粋だろう。ここは大人しく待っておく方が良いだろうな。


「ふんふふーん♪」

テレビを見ながら蒼の料理を待っていると、キッチンの方から蒼の楽しそうな鼻歌と、美味しそうな匂いがやってくる。

うーん、なんだろう。この匂いは‥‥‥‥醤油か?

確信は持てないけど、醤油が使われているようだし、蒼が作っているのは和食なのかもしれない。蒼自身もかなり和食が好きだし。

ぐぅぅぅー

美味しそうな匂いにやられて俺の腹の虫も盛大に音を奏でる。どうやらこの音はキッチンに立っている蒼にも聞こえていたようで「フフッ。もう少しでできるから待っててちょうだい」と言われてしまった。

(こうしているとなんだか夫婦みたいだな‥‥)

少しだけそんな風なことも考えたが、これを言えば蒼や今この場にはいないほかの4人が暴走することは目に見えているので、俺の心の中でひっそりととどめておくことにした。


「はい、おまたせ。できたわよ」

そう声をかけてながら、蒼がテーブルに食器や箸を並べてくれる。その声に釣られて俺もテーブルに向かう。

「これは‥‥肉じゃがか?」

「えぇ、そうよ」

並べられた食器を見て俺がそう聞くと蒼は頷いていた。どうやら俺の予想は当たっていたようだ。肉じゃがのほかにも炊き立てのご飯と、味噌汁も用意されている。ザ・和食という感じのメニューで、すごく蒼らしい。


「すごく美味しそうだな。もう食べていいのか?」

「えぇ、もちろん」

「それじゃあ、いただきます」

蒼の許可を得た俺は、食前の挨拶を済ませ、さっそくメインディッシュの肉じゃがに箸を伸ばし、食べやすい大きさにカットされたジャガイモを口の中に含む。

「―――――うん、すごく美味しいね」

ゆっくりと咀嚼してジャガイモを呑み込んだ俺は、率直な感想を口にする。

中までしっかりと火が通っているし、醤油の味がしみ込んでいる。そのうえで煮崩れなどもしていないのだから、さすがというべきだろう。


「そう言ってもらえてうれしいわ。今回のは私もかなりうまくできた自信があったの」

俺の感想に安堵したような笑みを浮かべる蒼。どうやら俺の口に合うかを心配していたようだが、その心配は杞憂でしかない。普通にお店などで出てきてもおかしくないレベルの肉じゃがだ。本人も「自信があった」と言っていたが、その言葉に見合う美味しさの料理だ。


その後も、蒼の料理に舌鼓を打ちながら、俺は蒼の料理を食べ進めていった。












―――――――――――――――――――――――

翠:「数ある和食の中で肉じゃがを選んでいるあたり、蒼ちゃんの本気度が伝わってきますね」

紫:「料理くらいだったら私にもできるし、特に何も問題ないわ」

翠:「その言葉がフラグにならないといいですけどねー」

紫:「うるさい!黙ってなさい!」

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