第9話 「ぶぅー」

「小学校のころから一緒に登校してきたけど、2人きりは初めてだねー」

「そ、そうだな」

朱莉の言葉に俺は少しぎこちなく答える。返事がぎこちなくなってしまうのも許してほしい。今、俺と朱莉は並んで登校している。それだけならいつもとほとんど変わらないし、特に何も気にはしないのだが、俺の右側にいつもと違うある問題がある。今俺の右腕には、朱莉が抱き着いてきているため、必然的に俺と朱莉の距離も近くなる。そのため、朱莉の体から香る甘い匂い、ふくよかな胸、細やかな息遣い、ついでに周りからの視線、それら全部がダイレクトに感じられ、さっきから登校どころではないのだ。


「あ、朱莉?さっきから距離が近すぎないか?暑いだろ?」

「ううん、全然だよ。むしろ虹くんの近くにいられてうれしいな!」

「あ、はい」

何とかこの状況を打破しようと、適当に言い訳をして朱莉と距離を置こうとするが、あえなく撃沈。

仕方ないだろ。朱莉みたいな美少女に本当に幸せそうな顔で「近くにいられてうれしい」なんて言われてみろ。断れるわけがない。


「ふふーん。虹くんとこうやって2人で登校するのが夢だったんだ~。だから夢が叶った私は今、とっても嬉しいな~」

「そ、そうか」

「・・・・・虹くんはさ、こんなふうにされるのは嫌?」

俺のことを不安そうに見上げて聞いてくる朱莉の声は少し震えていて、瞳も少し潤んでいた。———不安にさせている。

それを感じ取った俺はすぐに声を出す。

「いや、そういうわけじゃなくて!ただ混乱しているだけというか、慣れてなくてびっくりしているだけだから———」

「ならよかった!」

俺が最後まで言い終わらないうちに朱莉は顔を綻ばせる。あれ、変わり身早くね?さっきまでのしんみりした感じどこいったの?もしかしてさっきまでのって演技・・・?いや、朱莉に限ってそんなことはないよな?


「そういえば、ほかの4人はどうしているんだ?」

「ぶぅー。今日は私が虹くんを独占する日なの!なのに他の女の子の話をするの?」

そう言って、頬を膨らませる朱莉。

待て、なんだこの可愛い生き物は。場合によってはすごくイタイ行動だが美少女がやるととてつもなく可愛い。小動物のようだ。

(ここで頬をつついたら怒るかな?)

ちょっとした好奇心に駆られ、朱莉の頬をつついてみると、「ぷしゅー」と変な音を出しながらしぼんでいく。くそ、やっぱり可愛いな。


「もぅ!虹くん!私は怒ってるんだよ!真面目に聞いてる?!」

「ごめんごめん。朱莉が可愛いからついね」

「はぅぅ。可愛いって…………/////。しょうがないなぁ。今回だけは許してあげるけど、次からはダメだよ?」

口では仕方なさそうに言っているが、頬が緩みきっているのが隠されてない。どうやら「可愛い」がお気に召したようだ。


そんなこんなで学校に着いた。ここまで来ると周りの視線もさらに集まってくるが慣れたもので全く気にならない。


「おい、見ろよ。太陽嬢が男と2人で歩いているぞ」

「アイツって、いつも5大美少女様と一緒にいるやつじゃないか?」

「ほんとだ!てことはつまり太陽嬢はもうあの男のものってことか…………?」

「ギルティだな」

「ああ、ギルティだ」


………この感じだと俺と朱莉が2人で登校した事はすぐに広まりそうだなぁ。まぁ、いいか。隣の朱莉はニコニコしているし。

「なぁ、朱莉?多分だけど変な方向で噂が広まると思うが、大丈夫か?」

「ん?むしろ大歓迎だよ?外堀が埋まるわけだし、どんどん広まってくれーって感じだよ」


今までの感じから気にしないとは思っていたけど、まさかここまでとは。本気で俺を好いてくれてるんだと改めて感じる。


教室に入った途端に一斉にこちらに視線が集まる。無理もないか。俺と5大美少女が一緒にいることに慣れたと思ったら、今度はそのうちの1人と登校してきているんだ。俺でも混乱するだろうな。


「……まだ4人は来てなさそうだな」

「ぶぅー。またそうやって他の子の話をする………」

「ごめんって」

そうは言ってもやっぱり気になるものは気になる。今まで一緒に登校してきたし、元々仲が良い幼馴染なんだから。


「やぁやぁお2人さん。朝から見せつけてくださいますなぁ。湯原さんも他の4人を差し置いて抜け駆けですかい?」

後ろから肩に手を置いて話しかけてくるのは、俺たちの共通の友人である橙弥だ。


「もしかしてだけど、お前この5人の気持ちを知ってたのか?」

さっき橙弥は「抜け駆け」と言った。これは朱莉だけのことを見ていても出てこない言葉のはずだ。だとすると必然的に他の4人のことも知っていることになる。

「おうよ。お前と関わり始めてからすぐに気づいたぜ」

………やっぱりか。というかそんなに早い時期から知っていたのか。とすれば昨日の学食での言葉の根拠も納得がいく。


「ぶぅー。今日は私が虹くんを独占する日のハズなのに全然そんな感じがしません。ということで桐谷くん、虹くんから離れてください」

「うん?もしかして、一生虹と関われなくなる?」

朱莉の宣言に橙弥が首を捻っているが、朱莉はニコニコしているだけで何も言わない。それを見た橙弥は顔をひきつらせている。無言の圧を放つ朱莉、ちょっと怖いな。


「ほら、虹くんいくよ。今日は私と1日過ごしてもらうんだから。私を優先して構わないとだめだよ?」

「ハイハイ、わかったよ」

「桐谷くんは他の子の相手でもしておいてください。今来ましたので」

朱莉につられて出入口の方を見てみると、ちょうど4人が入ってくるところだった。

「いや、雑用押し付けられた感が……まぁ5大美少女の4人と話せるわけだしいいけどよぉ」

そう言いながら、橙弥は4人の方へ声を掛けに行った。楽しそうに話しているし、問題ないだろう。

「ささ、虹くんは私と2人で過ごしましょうか。それとお弁当も用意しているので楽しみにしておいてくださいね?」

「そうなのか。それは楽しみだな」


どうやらお昼のお弁当まで作ってきてくれたらしい。楽しみにしておこう。









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朱莉のお弁当の中身はどうなんでしょうかね?虹のご飯作りも手伝っているみたいだしきっと上手なんだろうなぁ………(フラグ?)

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