第21話 横恋慕
「君がミューズ=スフォリアだな!」
見知らぬ男が教室にてミューズに話しかけてきた。
ライカが剣に手をかけ、マオが立ち上がる。
「一体何でしょう?」
自己紹介もせずに、真っ直ぐミューズの席に来た。
悪い予感しかしない。
「魔術とそして薬草学の成績が優秀と聞いた。実に興味深い」
まじまじと見られ、ミューズは居た堪れなくなる。
「お褒め頂きありがとうございます、しかし私なんてまだまだですわ。もっと優秀な方はいっぱいいらっしゃいますよ」
「俺の部下のセシルから聞いている。君の熱心さと優秀さを」
「部下?」
セシルに視線が集中する。
「すみません、この人は僕の主です」
一応、と小声で呟いたのはマオくらいしか気づかなかった。
ライカは警戒心を剥き出しにして男とミューズの間に立っている。
「セシルの話ではとても綺麗で品もあり何より優しいと。その知識と性格……今日会って確信した。君なら俺に相応しい」
ゾッとする言葉に思わずミューズはマオに縋りつく。
このように言われたのはティタン以外で初めてだが、好いていない人に言われるとこうまで拒否感が出るものなのかと、ミューズは湧き出る嫌悪感で身震いした。
「私には婚約者がいます」
その一言だけ告げ、男の言葉を拒否した。
「筋肉ばかりで、爵位も低い男だろ? 一方的に想いを寄せられていて、本当は迷惑しているという話も聞いたが」
在らぬ噂にミューズは首を横に振る。
迷惑などしていない。
愛が重すぎて困惑することはあるが。
「それは出鱈目です。私はティタンを愛しています」
きっぱりと噂の否定をし、ティタンが好きだとはっきりと伝える。
ミューズは強い眼差しで男を見るが、そんな様子にも男は嬉しそうだ。
か弱い令嬢が気丈に振る舞うさまはゾクゾクする。
虚勢を張る様が滑稽だと。
「遠慮することはない。セラフィム国の王子に声かけられて嫌がる女はいないだろ?」
ミューズは驚いた。
セシルを部下と言うこの男は王子なのか。
セラフィムといえば穏やかな気候の土地で、農業は確かに盛んだ。
あそこでしか採れないハーブや薬草もあり、魔術師や薬師にとっても欠かせない国である。
そんな国の王子がミューズに声をかけるとは思っていなかった。
「戦うしか能のない男より、俺のほうが君を有益に使えるぞ」
ミューズに伸ばされた手は、ライカが跳ね除けるより早く、マオに蹴り上げられた。
がら空きになった胴に蹴りを入れるが、防護壁に阻まれた。
「ちっ」
マオは舌打ちしながら、下がる。
男は驚きで声も出ないようだが、その間にいつの間にか駆けつけていたティタンがミューズを庇うように、抱きしめた。
「人の婚約者に無断で触れようとするな」
ティタンの凄みのある声に、王子はようやくハッと我に返る。
「お前、王子であるこの俺に何てことを!」
マオを睨みつける男に向かい、しれっと言い放つ。
「ミューズ様に軽々しく触れようとするからです。腕を落とされなかっただけ、マシだと思ってください」
マオが蹴り上げなければ、ライカが切り払っていた。
抜き身の剣に周りの級友たちは距離を取っている。
教師すら後ずさっていた。
場合によっては腕がなかったと言われ、王子もカッとなる。
「そんな事をしたら、お前ら皆確実に処刑だ。特に俺に怪我をさせたお前は言い逃れなど出来ない、ただで済むと思うなよ」
赤く痺れる手を抑え、セラフィム国の王子を名乗った男は顔を真っ赤にしていた。
「何と言って泣きつくつもりなのです? 婚約者のいる公爵令嬢に触れようとして、その側にいた女従者の攻撃も躱せなかった、とでも言うおつもりですか? 恥をかくからやめた方がいいですよ」
マオが憐れみの声で言うと増々顔が赤くなる。
「うるさい! 何だったらアドガルム王家に直談判してやるからな、そうしたら公爵家のものでも逆らえないぞ!」
「王家に、か。好きにするといい。こちらもセラフィム国に抗議させてもらうがな」
「構わんさ、お前如きの話を聞くとは思えないが」
たかだかいち貴族と侮っているのだろう。
王子の言葉にセシルは顔を真っ青にしていた。
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