竜の生贄姫は恋に胸を痛める

ろくまる

竜の生贄姫は恋に胸を痛める

 慎ましくも竜神様への信心の深い子爵位を持った夫婦がおりました。男の子には恵まれましたが妻が永らく熱望していた女の子には恵まれず、神殿へ赴き竜神様にお願いをしたのです。


 尊き竜神様、私達に可愛らしい女の子を。

 貴方様にお願いをするのですから何かを捧げても構いません。女の子を産み、その子が無事に育ち、天命に殉じてくれれば──。


 そうして、夫婦の元に女の子が生まれました。妻そっくりの瑞々しい草のような緑の左目と、夫そっくりの慈愛深そうな優しい笑みを浮かべる子供。

 ですが、右目だけ竜神様と同じ燃えるような赤色の瞳でした。こんな瞳を持つ人は神話で竜神様の加護を得たとされる建国神話の姫様以外に聞きません。

 夫婦はもしやと思い神殿で感謝の意を込めてお祈りにやって参りました。

 すると大神官様が竜神様より言葉を賜り、夫婦の元へそのお言葉を告げたのです。


「──この子供は、国守である黒竜神・ネロ様の生贄となるでしょう」


 私、アレッシアはその時から「竜の生贄姫」として神殿で育てられる事になったのです。



+ + + +



 それから10年ほど経った頃。

 お父様とお母様は神殿のある王都から遠い子爵家の領地から週に一度会いに来てくださり、無事に育つ私を涙ながらに喜んでくれ、会えない間は手紙で交流を重ねておりました。

 また、会えない分は大神官様や同い年の神官見習いの子達が家族のような気持ちで。

 右目を隠しながらではありましたが、神官見習いの子達との勉強も楽しくて、このキラキラとした思い出の日々を竜神様には捧げるだけなのかなと悲しくもなり。子供ながら竜神様とも思い出を作りたかったと寂しくなった頃です。


「アレッシア・ペッティ。初めまして。俺はネリオ・ディ・エウジェーニオ。君の婚約者だ」


 黒く美しい髪に、空色と淡い紫の私と同じオッドアイ。違うのは宝石のように美しい輝きの瞳を隠す事はなく、まるで神殿の石像のように美しい姿だという事。

 国王様が突然養子として迎えた第三王子、ネリオ様はこれまた突然に私の婚約者となったのです。

 茶髪に緑目の至って普通の見た目に右目は黒地に神殿のシンボルでもある竜神様の御姿の刺繍が入った眼帯姿の異様な私。

 子爵位はあっても、貴族らしく育った訳でもないのに何故?


「あの、困ります。私はいずれ竜神様の胃袋に納められるのです」

「君が「竜の生贄姫」なのは知っている。でも、いつ胃袋に納められるって聞いた?」

「いつか竜神様がお迎えにいらっしゃるだろう、とは大神官様から。竜神様から私を生贄に献上なさいと聞いたのは大神官様ですから」


 そう、と明後日の方向を見ながらネリオ様はおっしゃいました。そちらの方に何かあるのでしょうか、と思いつつネリオ様がお近付きの印にとくださったネックレスに触れます。美しい黒い石のようなものがトップにひとつだけのシンプルなものですが、質素堅実な神殿暮らしの私に合わせた物としては上等過ぎるお品です。

 恐れ多いなぁという思いと、大神官様に預かって頂こうと考えていたところ、ネリオ様がにっこりと笑いました。


「アレッシア、それは肌身離さず付けていて。王家は建国の姫が得た竜神の加護を色濃く残しているのは知っているね?」

「もちろんです。この国は竜神様が見守っていらっしゃるから魔法が使えて、その竜神様が建国の姫様を愛していらっしゃって、姫様は国に住まう人々の生活の為に竜神様に魔法をお願いなさった……それが建国神話。姫様の子孫である王家が竜神様の加護をお持ちなのは当然です」

「なら話は早い、その石には俺の加護で防御魔法がかけられてる。アレッシアの為に作ったお守りだから付けて欲しい。君を周りから守るよ」


 つまりは竜神様の加護で作られたお守り。

 ますます恐れ多くなってしまい受け取っていいものか困っていますと、ネリオ様は楽しそうに気軽に付けていい、とおっしゃいました。


「竜神が君を迎えに来るっていうなら、それまでの間は俺と楽しい思い出を作って、迎えに来たらその話を聞かせるんだ。俺はそうしてくれると嬉しい」


 あ、と思わず声がこぼれる。

 竜神様と思い出を作れなくても、お話したら思い出は竜神様にもちゃんと伝わる。これが答えだったんだ、と嬉しくなって。


「ありがとうございます、ネリオ様」


 あたたかい気持ちで胸を満たされながら、ネリオ様との婚約を受け入れました。



+ + + +



 婚約から7年。

 色々と困った事が出来てしまいました。


「また来てるの、生贄姫? ネリオ殿下はお忙しいっていうのに付きまとって、生贄のくせに意地汚いわ」

「竜神様に早く食べられてしまえば良いのに。あんな凛々しくて優秀な殿下が王位を諦めたのも生贄姫のせいらしいじゃない」


 時折ネリオ様から王宮に呼ばれて、その待ち時間に王宮書庫室でこっそり本を読んでいるとそんな声が聞こえます。側で護衛してくださるネリオ様の側近、アンブラ様も肩をすくめながら聞いていらっしゃいます。

 アンブラ様は席移動します? と私に伺って下さるのですが、私がここにいないと思っている彼女達が可哀想なので断りました。むしろ彼女達の言葉もあながち間違いではありませんから訂正もしません。


「それに彼女達は王宮に勤める女官ですよね? 爵位も相応しく上の方でしょうし、貴族でも身分の低い私ではネリオ様の婚約者としては役不足。また竜神様の生贄として富や生に縋るのは意地汚いと言われて仕方のない事……ですが、これでは王子妃教育も神殿で受けられるようご配慮くださったネリオ様に申し訳ないですね」


 胸がつきん、と痛みます。

 両親も子爵のくせに王子と繋がりを持って、と私のせいで難癖をつけられていると大神官様から聞きました。両親はその事を聞いても気にしないでいいと微笑んでくれましたが、領地間での交易が主な収入の家は今も財政難が続いているとも聞いています。領民に支えられながら生きている、とも。

 同い年のネリオ様は立派に成長し、魔法で紫の瞳を右と同じ空色にさせながら公務をなさっています。頭脳明晰で凛々しく、剣を持てば誰も敵わぬ逞しさを備え、兄である王太子・第二王子殿下を支える、才覚ある方になられました。まさしく建国の王の再来では、と。

 ですがネリオ様は王位継承権を放棄したいと国王陛下に相談なさっているそうで、その理由に私との時間を大切にしたいから、としています。

 私としては嬉しいですが、私がネリオ様に付き纏ってゴネているから王位を諦めるのだと言われてしまっている現状です。


「アレッシア様、ネリオ殿下の事はどう思っていらっしゃるのですか?」


 アンブラ様に問われて、ネリオ様の姿を思い浮かべます。

 肩までの長さのある髪をプライベートだからとゆるく結ったネリオ様と、第三王子宮の中庭で本を読んだり魔法で星空を映してこれが何の星座だとたくさんお話をした、市井しせいで流通している物語的に言えばお家デートの記憶を思い出します。

 いつも優しくて、逞しい腕の中にいるのは少し恥ずかしいけれど嬉しくて、落ち着いて、幸せな気持ちにさせてくださる、ネリオ様。

 そう。私は彼を、お慕い、してしまっている。


「私、竜神様の胃袋に納められてしまうのに……恋愛なんていいのかしら?」


 不安な気持ちが胸を占めます。

 私を周りから守るとおっしゃった優しい方、私を心から愛してくださる唯一の人。

 でも、お優しいから、無理をさせているのかもしれない。そう考えていたのです。



「──ほんと。生贄姫なんか早く食べられて、愛人にさせられたカルネ様が婚約者になれば良いのに」

「カルネ様は優秀な魔法の使い手だって聞いたわ。魔法を操る姿はとても素晴らしかったって」

「やっぱりお似合いじゃない、カルネ様とネリオ様」


 そんな言葉が聞こえて、さらに胸が痛くなりました。

 最近、宰相様のご親戚である男爵様がお迎えした天才少女、それがカルネ様。男爵様がお手にかけた不義の子と言われていた彼女は、その魔法の才能をお披露目した途端、ネリオ様の婚約者に相応しいと声があがったのです。

 美しい金髪にローズピンクの見惚れるような瞳。赤に近い色の瞳は竜神様の瞳に近いもの、とても縁起の良いものと言われていますから、カルネ様が相応しいと言われるのも当然ではあります。

 私は、この赤い右目は神聖なものだからと眼帯で隠しているのに──、


「──あ、様……アレッシア様。顔色が」


 アンブラ様に問われて、自分が息を忘れている事に気付きました。

 心配をかけてしまって申し訳ない気持ちを抑えるようにゆっくり呼吸をしてから、問題ありません、と答えました。

 この恋は、本来認められるものではないのだと思います。だって私はいずれ竜神様にこの身を捧げるのですから。


 ずっとネリオ様のそばには、いられないのです。



+ + + +



 そうして、約1年後の晩秋。

 ネリオ様が18歳となり成人を迎える事になったので生誕を祝うパーティーが開かれました。

 もちろん私も招待されたのですが、王宮へ向かうのに近い道が封鎖されており、回り道をする事になってしまい。ネリオ様への申し訳なさいっぱいでパーティーに遅刻する事になりました。

 ネリオ様から送られた淡い紫(ネリオ様の隠された左の瞳と同じ色です)のドレスに、王宮から派遣された侍女さんに着飾られた姿はとても素晴らしいのですが、いかんせん素材は普通か地味である私です。たくさんの人からの視線に負けませんように、といつも首からかけているお守りに願いをかけて会場に入ります。


 と、会場は静まり返っていました。静寂を破ったであろう私を見る人、戸惑いの表情を見せる人。沢山の人が私と遠くの王族の皆様が座られるところまで、道を開いてくださいます。

 ──そこには、カルネ様とネリオ様。彼の美しい青空色の瞳は氷を思わせる冷たさで、彼に寄り添うカルネ様はまるで物語のお姫様のように微笑んでいました。


(もしかして、これが……断罪というもの?)


 市井では「真実の愛に目覚めたふたりが悪者である方を断罪と称して成敗する」恋愛が流行っています。私もそういう本を買って読んだりしたのですが、まるでその物語が目の前で繰り広げられているかのような、他人事のような心地で玉座の方まで歩きます。

 ため息のような声がいくつも聞こえて、格好が見合っていないのかな、と不安になりながらもネリオ様の前に立ちました。

 ネリオ様は黒に赤の礼服に、ところどころ緑のワンポイントが飾られた美しい姿。緑は私の瞳の色ですから、気遣いで入れてくださったのでしょう。


「──遅れての到着となり、申し訳ございません。ご生誕おめでとうございます、ネリオ様」


 空気が重たい中、私は謝罪と祝いの言葉を述べた。主役はネリオ様ですから、今はコルネ様は後です。

 ネリオ様は、コルネ様をちらりと見てからいつものように──目は冷たいのですが、にっこりと笑みをたたえました。


「アレッシア、ありがとう。少しだけそこで待っていてくれるか?」


 え、と声が出てしまいましたが、ネリオ様はくるりとコルネ様の方に向き直ってしまいました。

 コルネ様はネリオ様と同じ黒と赤のドレスに身を包み、まるでふたりの方が婚約者のようなお姿です。しかも手袋の上から嵌められた指輪には空色の石が。黒と赤は神聖な色なので主役以外は避けるべき色ですが、お祝いの席だから許されたのでしょう。

 ネリオ様と見つめ合う形になってしまったコルネ様はほわりととろけた瞳でネリオ様に微笑みます。


(あ、嫌だな……やっぱり断罪されちゃうのかな私)


 竜神様にいつかこの身を捧げるとはいえ、好きな人を誰かに取られてしまうのはやはり嫌だな、悲しいな、と胸が痛みました。

 でも、ネリオ様はコルネ様について何も言わずに、私が好きだとおっしゃいました。会えなくても直筆のカードを添えて、愛を伝えてくださる方です。

 ……信じたい、ネリオ様を。



「──コルネ、いい加減お前の戯言は聞き飽きた。むしろ全てがどうでも良くなった」



 それはまるで、夢から覚めるような心地でした。

 いつも私やアンブラ様のような側近の方しかいない場でしか見せない、少し崩した言葉使いをなさったからでしょう。

 コルネ様は顔を白黒させてネリオ様を見つめますが、彼は国王陛下をくるりと振り向いていました。


「父上……いや、国王。もう俺は義理を果たした。国は繁栄し、あまつさえこのような空洞頭が生まれるほど平和になった。もう、いいよな?」


 国王陛下は自分の子供であるはずのネリオ様に背を伸ばして、貴方様の御心のままに、と頭を下げました。


 ──これは、一体、何が起こっているのでしょうか。

 言葉にならない疑問と困惑でいっぱいになっていると、ネリオ様が何段もの階段から飛び降りて、私の元へやって来ました。見事な軽やかさに周りが見惚れている隙に、私の右頬に手を添えて。


「アレッシア。俺の名を呼んで」


 その瞳は、青空と夜の色から燃えるような緋色に変わっていて。

 その声は、甘くて心地のいい音をさせて。


「ネリオ、様?」

「ふたりきりの時に呼んでって言ってる方。君は畏れ多いって呼んでくれないけど、今、ここで呼んで」


 するりと眼帯を外されて、両の目でネリオ様を見つめます。

 周りの視線より好きな人からの熱のある視線の方が恥ずかしいけれど、でもとても大事な事のように感じました。

 だから、勇気を出して、呼びます。


「──ネロ、様」


「ああ。やはり心地いい響きだ、シア」


 ネリオ──、ネロ様は私を愛称で呼びながら口付けなさいました。触れるだけのそれはまるで結婚の誓いのようで胸が高鳴りましたが、彼の背から伸びるモノが目に入って、思わず見惚れてしまいます。

 だって、竜神様と同じ翼が、角が、ネロ様から生えていたのですから。


「シア、迎えに来た。あの大馬鹿者は生贄だと言ったらしいが……俺は嫁として迎えに来たんだ、俺のお姫様」

「ネリオ様が、竜神様……?」

「こら。呼び名戻ってる。むしろネロの方が正しいんだ、そっちで呼んでくれ」

「申し訳ありません、何が何だか分からなくって……てっきりコルネ様と婚約なさって私は断罪をされるのだとばっかり」

「断罪……ああ、流行ってるってシアが言ってた物語の? ならちょうどいいからやるか?」


 そんな軽いノリでやるものなのでしょうか? という私の声は届かず、ネロ様はコルネ様の方を見ました。


「まずはコルネ。お前は婚約者である俺のシアを貶めようとしたな? 同じくシアが気に入らない女官達と共謀して「第三王子に相応しくない」という触れ込みを方々でおこなった。もちろんそれでシアは傷付くし、怒った俺と会っているところを何かしらで記録してしまおうという算段だったらしいが、流石に俺も側近もお前らのように馬鹿じゃない。今日の道の封鎖と彼女を遅らせて俺と親しい姿を見せようとしたのは悪手だったな。というかシアを不安にさせやがったな、後で然るべき罪を受けろ。以上」


 コルネ様はその場に崩れ落ちて、ごめんなさい竜神様、と謝辞を述べながら泣いています。

 ネロ様はコルネ様のそんな姿に何も思うところはないのか、続いてここにいない人を口にしました。


「あとは大神官。彼に送ったのは「黒竜神がその娘を妻として迎えに行く」って簡単な言葉だったんだ。だが、何をとち狂ったか妻としての部分を聞きそびれた。俺の妻を生贄呼ばわりした罪は深いものだ、もう撤回も出来なくなったが俺が国王と取引した上で婚約者として思い出作りをする手伝いをしたのでお咎めなし。この秘密を公にされた事で周りに叱られろ。以上!」


 そんな話はこれっぽっちも知りませんでした。むしろ、私は国王と取引をした、というところに引っかかってしまいます。

 思わず問いかけようとして口を開くと、頬に置かれたままの手の親指で閉ざさせられてしまいました。


「あとは別に断罪にもならない、与太話だ。別のところで説明する──という訳で、国王。俺とシア、数名の側近はりゅうそのへと帰る。説明をするのがお前の最後の約定だ。それで取引は成立、竜神の加護は継続とする」


 竜の園。それは建国神話で竜神様と建国の姫様が、建国の王となった息子を見守った後向かったとされる、竜の楽園。竜神様が治める、永遠の楽園の国。

 つまりは、遠くてここにいない両親と別れてしまうのでは?


「あの、ネロ様。お父様とお母様は……? おふたりは一緒には行けないのでしょうか」

「……行けない。シア以外の人間は暮らせない決まりなんだ。代わりに、手紙はいくらでも書いていいし、会う日を作ろう。俺もふたりに話したい事があるから」

「約束ですよ? でなければ私はずっと言い続けます」


 真剣にそう言うと、ネロ様は苦く笑って分かってる、と頷いてくださいました。

 そんな話をしていると、私達の周りにアンブラ様を始めとしたネロ様の側近がいらしていたのに気付きました。私を着飾ってくださった侍女さんも竜だったようで、目が合うなり微笑んでくださいます。


「それでは、さようなら。この国に幸あれ!」


 ネロ様がそうおっしゃると地面が光って、その光に吸い込まれるように私達は竜の園へ転移したのでした。



+ + + +



 目にしたのは、空と海と豊かな自然。

 そして白亜の城。


 お城ではネロ様の帰りを待っていたという人間……の姿をした竜の皆様が迎えてくださり、まるで人間の世界のようなそれ以上にすごい技術力とおもてなしで、王族になったかのような高待遇に驚きを隠せないまま。ご飯、お風呂から、あれよあれよとネロ様と一緒の寝室に通されてしまったのでした。

 それにこれがこちらの女性の寝巻きなのだと思っていたシルクのような肌触りの良いものは、今ネロ様が着用している寝巻きの上だけです。下着は付けているのですが、やけに短いので恥ずかしい訳です。


「シア、誰にやられた? あ、いい。やっぱりナシ。俺の理性があるうちに布団入ってくれ。何か仕切りになりそうなもの持ってくるから」

「……あの、ネロ様。それより聞きたい事がたくさんあるのですが」


 私の言葉を耳にして驚いた顔をしたネロ様は、まあシアだからなぁ、と一緒のお布団に入りながら話をしてくださいました。


 まずは、私が生まれたきっかけ。それは建国の姫様の魂がお父様とお母様の願いを聞き届けてしまったのか、転生をしたのです。

 ネロ様は建国神話の竜神様の子孫で、また彼もその竜神様の転生であった(生まれた時から記憶も保持していたため同じネロという名前になったのだそうです)から、妻を迎えに行くと大神官様に言葉を告げたのです。

 ちなみに、私の片目が赤かったのは私(正確には魂である姫様)が竜神様の愛するものである証拠として竜神様から借りた色だったようで、ネロ様の両目が赤くなったあの時から私は両目とも同じ草のような緑になっていました。しばらくは慣れないと思います。

 では、私が姫様だったからネロ様は私を愛したのか。


 その答えは否でした。


「俺はシアを愛している。建国神話の竜神と呼ばれた記憶は持っているだけで、俺は俺だ。転生だから愛すべき相手をすぐに見つけられた、たったそれだけ。この俺はアレッシアのものだ」


 ネロ様は私の頬に触れてからネックレスに手を伸ばします。ドキドキするのは、そのネックレスの下に心臓があるから、でしょうか。

 でもネロ様は少しバツが悪そうにしています。


「シア、ひとつ俺は嘘をついた。これは宝石なんかじゃなくて俺の逆鱗なんだ。俺の加護と防御魔法は本当にある、が、言葉の方では効力を発揮出来なかった。不安なシアの気持ちを感じていたのに何もしてやれなくてすまなかった」


 それから逆鱗は、竜にとってのもうひとつの心臓のようなもの、と教わりました。

 私が悲しめば逆鱗からネロ様に伝わって、私が楽しそうにすればそれも伝わっていたのだとか。今日のパーティーもずっと私が胸を痛めているのが伝わって、その元凶がついて回ってくるし、到着した私の悲痛な祈りにもう全てが耐えられなくなった……そうです。


「つまりはネロ様に気持ちは筒抜けという事ですか……? その、恥ずかしいのですが」

「思考は流石に読めないけど、シアがどう考えているのかは想像出来る。たくさん思い出を作るくらい一緒にいたんだから」


 ふと、出会った時のネロ様の言葉を思い出します。


「あの『竜神が君を迎えに来るっていうなら、それまでの間は俺と楽しい思い出を作って、迎えに来たらその話を聞かせるんだ』って……もしかして、私が竜神様と思い出作りたかったって考えていたのをどこかで……?」

「聞いてない、そこは偶然意見が合ってたらしい。同じ事考えてくれて嬉しいな」


 今度は頭を撫でられて、気持ちよくて、幸せで、瞼が落ちてしまいそうです。


「シア。話は尽きないが、時間はたっぷりある。それに国王との取引なんて加護の延長とか、大神官は俺がキレたからなんでも話を通してくれたとか、どうでもいい話だ。俺はもうアレッシアという愛しい存在がこの腕にいるだけで幸せなんだ」


 あたたかなぬくもりの中、私も、と呟いた声が届きますようにと願いながら、私は瞼を閉じたのでした。



+ + + +



 それから、数年後。

 私は竜の園の王妃としてネロ様の隣に立っていました。

 まだ分からない事は多いですが、学ぶ事はいくつであっても恥ではないと奮起して、なんでも学ぼうとしています。勤勉な姿に感銘を受けた、とお褒めの言葉をいただきつつネロ様の隣に立っていられるよう頑張っています。

 もちろん、無理をしないように、とネロ様やお父様とお母様にも注意されていますが。


「──あ、寵愛姫様!」


 やって来たのはアンブラ様。こちらでもネロ様の側近、宰相をされています。


「もう。王妃になったはずなのに姫なのですか?」

「アレッシア様は美しくて可愛らしいですから、小さな女の子達にとってはお姫様なのだそうですよ?」

「美しいと可愛いは侍女達の頑張りですし、寵愛姫なんて子供が覚えるのにはいささか難しい言葉だと思いますが」

「事実、ネロ様に寵愛されていらっしゃるのですから。生贄姫なんかより寵愛姫の方がアレッシア様らしいですよ」


 そうかしら? と首を傾げつつはたから見てもネロ様に愛されているんだ、なんて喜んでいると、スッと後ろから抱きつかれました。


「今喜んだ?」

「逆鱗から読み取りましたね? ダメって言ったじゃないですか」

「シアが可愛いからつい。あ、怒らないでくれよ。お腹の子も両親の喧嘩は望まないって言ってるだろうから」


 ネロ様は愛おしそうに私のお腹を撫でました。あとひと月ほどで生まれる、待望のネロ様と私の子供がここで育っているのです。

 竜神の子供ですからもちろん元気に生まれてくれるはずですし、人間との間の子であっても差別の無い竜の世界では心配はないのですが、不安な気持ちは少しあります。その不安を拭うように勉強をしている節は少しありますが。

 いっそ、ここでその不安を口にしてしまおう。私はアンブラ様がいるにも関わらず、ネロ様の方に顔を向けました。


「ネロ様、私……ひとつ内緒にしていた事があるのです」

「えっなにそれ、読み取ってないけど俺」

「実は──、」



 そしてまた、数年後。

 寵愛姫の名は娘に受け継がれ、その双子の弟は竜神を継ぐと意気込み。

 竜の園はますます、繁栄を見せるのでした。

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