第2話
国道沿いを黒い大型のバンが走っている。一見すると普通の後部スライドドアのバンだが、車内の、特に後部座席の具合はだいぶ違う。
後部席は片側が改造されストレッチャーが積んである。ナンバープレートは輸送用車両を意味する緑色だ。いわゆるバン型霊柩車というやつである。
運転席に座っているのは、白ワイシャツに黒ネクタイの童顔の男だが、首元は派手だった。
目も黒のカラーコンタクトながらやや奇妙な色をしている。髪は烏の濡羽色ほどに黒いが、これも毛根は総白髪かと思うほど白い。その上、手の甲は指まで、首元はシャツの襟から顎下、うなじは生え際まで細かな黒地の入れ墨が入っている。
それを隠すように白い不織布マスクを顎にずり下げている。
車載の携帯ホルダーにセットされたスマホはスピーカー通話をしている。画面上に表示されている名称は『血統事務所』となっている。
車載のカーナビの目的地表示は新町総合病院、あと1・56kmとある。
「……そっかー、ありがとね」
運転手の男は幼いほどに若く聞こえる高い涼やかな声だった。
一通り話を聞き終えて、運転手が鼻を鳴らした。近頃夜は冷えてきている。夏物のスーツではそろそろジャケットでも厳しい季節になりつつあった。
電話が切れると、入れ墨男は深くため息をついて、鼻をこすった。
そこに別の電話の着信音が鳴る。画面を指先で撫でてスピーカー通話にする。
「もしもし」
画面表示は『探偵のわんわん』となっている。
電話の向こうは屋外なのか雑音がもやもやと聞こえている。
「セージ、今大丈夫か」
やや低く唸るような声、人狼化している時の犬神融の声だ。
「運転中。連絡のあった病院に眠り姫の状態を聞きに行くところ」
「気をつけろよ、親族は同意してないらしい」
それを聞いて運転中のセージと呼ばれた男、月院清時はぎょっと見開いた。
「嘘だろ。普通にストレッチャー積んで来ちゃったよ。高槻雛南の事なら私も知ってる。少なくとも彼女は血飲みへの転化についてそこまで悪い感情を持った人間じゃないはずだ」
「なんだ、知り合いか?」
「知り合いもなにも、公園での炊き出しと供血の配給手伝ってくれてたボランティアで来てくれてた人だよ。ここ5年くらいかな。最初は県立大で社会福祉かなんかの学生さんで、卒論のフィールドワーク兼ねて来るようになって、社会人になってもちょくちょく手伝いに来てくれてた。……先週も、来年結婚するって聞かされて、店閉める直前のケーキ屋に駆け込んでホールケーキ買って、即席のお祝いやったとこだもん」
「そうか。被害者の親御さんは県政与党の4期目の県議会議員だ。立場上、娘の転化に同意は難しい。……婚約者は、つらいだろうな」
「ね。転化したら国内じゃ、結婚も子供も無理だもんね」
「市長が誘致に頑張ってるキセキ特区でもダメか」
「うん、結婚は多少改善するかもだけど、子供は完全に無理。現代の優生保護法とか言われてるけど、基本的にうちら血飲みは一般の人間の血液提供に依存してるからね。一般人が少子化してるのに血飲みの鬼籍の数は増えるって状況はよろしくないって感じなのは、血飲みも人間も多数派だよ。そっちはどう?」
「
「がんばって」
「そっちは?」
「んー、一応うちの血統の事務所通してキタシン界隈の他の血統の顔役に確認取ってもらったけど、どうやらこの辺の血飲みさんじゃないね」
「根拠は」
「こっちで把握してる中央市の血飲みはこの一週間以内に配給なり自腹なりできちんと血液を摂取してる。うちの血統の事務所通してホームレスや貧困世帯の血飲みに分配やってる他所の地区のNPOの配給記録も調べてもらった」
「じゃあ市外からの流れ者か」
「キタシンが夜の街のせいもあるけど、この辺は
「じゃあ、無自覚に転化したのが飢餓で狂ったか。或いは薬物か」
それを聞いて清時は渋るように頭を掻いた。
「まあ、そのへんは、直に話聞いてみないとわかんない……」
数秒ごとにワイパーが動く、その音がやけに大きく聞こえる。
外は雨が降っていた。天気予報の通りであれば夕方から未明まで降り続く。
「……におい、残ってりゃいいけどね」
「なあに、このくらいなら湿度で匂いが濃くなってるぐらいだ。まだ匂いが消えるってこたあないさ」
「はああ、せっかく
ぴこん、とダッシュボードに置かれたもう一つの携帯電話に通知音がなる。
赤信号で車列が止まるついでに、運転手が携帯電話をつかんで画面を一瞥し、舌打ちしてダッシュボードに戻す。
「どうした?」
「事務所の子から仕事用の携帯に連絡が来た。県警の防犯ページに載ったって。発生時刻は20時17分、中央市北新町で鬼籍者による発狂暴走発生。加害者は逃走中」
「情報公開、早すぎないか?」
「親が与党県議だから、県警も気合入ってるんでしょ。育ちのいいのも良し悪しだね」
「細かいことはまた後で……とりあえず、面倒だろうけど、被害者の親族の説得頼む。こっちもそろそろ現場つくから」
「はいよー、がんばってー」
「おう、あとでな」
そう言い合って、電話が切れる。
その拍子に、サイレンを鳴らさずに走るパトカー数台とすれ違った。
清時はため息をついて、カーナビの時刻表示を一瞥した。
午後9時48分、秋の夜はまだ長い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます