15
父はもう一度本家の蔵を見に行くという。が、見たところあまり熱心そうには見えない。
「いや、とっくに空美さんが探いとるやろうと思ってなぁ」
「晴ちゃんのお母さん?」
つまり護さんの奥さんで、聖くんの義理のお姉さんだ。確か私と四歳かそこらしか違わなかったはずだけど、大人っぽくてしっかりしたひとで、年齢を聞いて驚いた記憶がある。丸顔で可愛らしい見た目のひとだったけれど、本家の曰くを知ってからは人が変わったようになった――と、聖くんが言っていた。
空美さんは必死だった。本家の呪いを解くためにあちこち駆け回っていた。亡くなる二年ほど前は家にいないことが多く、晴ちゃんの面倒は主に聖くんがみていたことを、わたしは覚えている。その間に空美さんは、力になってくれそうな霊能者を探したり、働いてお金を貯めたりしていたらしい。なるほど、その過程できっと蔵の中も探しただろう。探さない方がどうかしている。
「『ぼんやり』の力が働いてたとしたら、空美さんだって何か見落とすかもしれないけどな」
兄がそう言った。父も「そうだなぁ」と応じ、とりあえずは再度本家に戻るという。望みは薄いと思っていても、一度はちゃんと見てみないと気が済まないのだろう。
「あの蔵も、潰すときにゃ大騒ぎだなぁ。美術館とか、博物館のひとなんかに来てもろうた方がいいかもしれん」
「うわ、あの中そんなことになってるの?」
「一時期ずいぶん羽振りがよかったさかい。母屋だって下手に壊せんぞ。床材とか窓ガラスとか、今手に入らんものも多かろう……で、樹生と実花子はどうする? 一緒に来るか?」
わたしは兄と顔を見合わせた。兄が言った。
「オレ、家にいるわ。元凶が本家の当主に憑いてるなら、自分に不利になるものを残しとくわけないと思うし」
「わたしも家にいていい?」
どうしても母のことが気になった。それから兄のことも。あっけらかんと振る舞っているけど、平気とはとても思えなかった。
父が出かけた後、兄はさっそくもう一枚のプリント用紙を手にすると、五十音表を書き始めた。本当にコックリさんをするつもりなのだろう。
「ちょっといい?」
手を動かし始める前に声をかけると、兄は「ん」と答えて顔を上げた。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「あ? お前なぁ〜」
兄はため息をついた。
「大丈夫なわけあるかい。彼女と別れて母親が死んで自分も死ぬかもしれねんだぞ。このうち一個だけでも大事件だろ」
「……だね」
「でもさ、なんか心がこう、自分を守ろうとしてんのかな。いまいち現実感がなくてフワフワして、微妙にテンション高くなるんだよな。オレ、この状態が崩れたら動けなくなると思う」
そう言うと、兄はもう一度ペンを動かそうとして、またぴたりと止まる。
「あのさ」
視線を落としたまま、兄はわたしに話しかける。
「なに?」
「オレ、聖くんは空美さんの意志で動いてるんじゃないかと思うんだよね」
「……急に何」
「いや、さっき話してるときに思ったから。なんか空美さんの遺言とか、そういうのが聖くん宛にあったんじゃないかって。だってそういうのがなかったら、葬式すっぽかして晴ちゃんの学校も休ませてさ、勝手にどっか行くような感じの子じゃないじゃん。聖くんは」
「うん、わかる」
「でもオレはさ、もし聖くんに会うことがあったら、すごい恨み言を言っちゃうような気がすんだよな。いや、そもそも聖くんが晴ちゃんを連れてったからこういうことになってるって決まったわけじゃないと思ってんだけど……それでもオレ、言っちゃいそうな気がする。お前のせいで皆死んだんだぞとかさ……それが怖い」
「……うん」
それはわたしも怖いな、と思った。わたしだってわからない。誰に本当に責任があるかなんてわからないまま、悲しみとかやり場のない怒りとか、そういうものが先走ってしまうかもしれない。
(――ほんとだよ、お兄ちゃん。どうしてこんなことになっちゃったんだろうね)
兄がようやくペンを動かし始めた。
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