22
黒木さんは昼前にうちを出ていった。仕事が色々残っているから、志朗さんのところに戻らなければならないという。
いずれ志朗さんとこちらに来て、当主を早死にさせていたものやサヨさんがどうなったか調べてほしいと頼むと、黒木さんは「たぶんやってくれると思いますよ」と答えてくれた。
「予定が詰まりに詰まってるのでいつになるかはわかりませんが、何なら電話越しでもある程度調べられるんじゃないでしょうか。もうこの件に関しては『ぼやける』ことがないみたいですし……まぁ、俺は霊能者の類ではないので、志朗と相談してみてください」
黒木さんは本人曰く「ガードマンと雑用全般」の係なのだという。ただ志朗さんのところに通っているうちに自然と霊感らしきものが強くなってきたらしく、サヨさんの墓で声が聞こえたのはそれのせいだろうと言った。
「ありがとうございます。黒木さんには雑用みたいなこと色々やってもらっちゃって」
「いやいや、仕事の一環ですから」
黒木さんはそう言って笑った。笑っても強面だが、やっぱりいい人だと思う。
「くろきさん、かえるの? 今日もとまればいいのにー」
晴も名残惜しいらしい。「ごめんね、仕事があるからね」と説得され、最後にもう一回ということで肩車をしてもらっている。
「とにかく、志朗には相談しておきます。ちょっと穏やかじゃなかったので」
「お願いします」
本当ならすぐにでも来てほしいくらいの心境になっていたけど、そうもいかないだろう。とりあえず今は「何とかなる」と納得しておくしかなさそうだ。
何代もこの家に祟ってきたものが、たった一晩、窓ガラス一枚割っただけで全てきれいに解決するはずがない。晴の手を引いて家の奥に戻りながら、おれは志朗さんが電話で話していたことを思い出していた。
『聖くん、文坂家の当主が代々早死していた件については、解決したんじゃないかと思います』
さっき、電話口で志朗さんはそう言った。
『もっとも、これは年月が経たないと確認できないことではあるけどね。それから、真夜中にサヨさんが家の周りを回ることもたぶん、もうないんじゃないかと思う』
「あのー、ほんとに大丈夫ですかね?」
『聖くん、ずいぶん疑うねぇ』
「いや、おれからしたら寝て起きたら急に終わってたって感じなんで……」
『あれはたぶん遊んでただけだから』
志朗さんはぽんと放り出すように言った。
「遊んでた?」
『君は納得できないだろうけど、そんな感じがするよ。文坂家に散々祟ってたあれはたぶん、サヨさんにタッチされたらゲームセット、大人しく山に帰るよっていうルールの遊びをしてたんだと思う』
心臓の辺りがスーッと冷えるような感じがした。
「あれだけ人が死んでるのに?」
それを遊びだったと言われて、思わず声が震えた。志朗さんはあっさり、『人間の倫理とか通用しないものだからね』と言い放った。でも、と意味もなく続けようとしたところに、
『聖くんも思い当たることあるんじゃない?』
と差し込むように言われて黙ってしまった。
実際、昭叔父の手紙にもそんなことが書かれていたのだ。あれは恨みとか憎しみとかじゃない、楽しいからやっているんだ、と。そんなことで皆死んでしまったなんて思いたくなくて、心のどこかで否定していたけど、でも言われてみれば、やっぱりそうかもしれない。
あれはいつも笑っていた。
『いい? 大事なことを言うけど、全部は終わってないからね。あれは山に帰っただけだよ』
志朗さんは「だけ」とゆっくり発音した。
『聖くんたちはこれからも山には入らず、夜は外に出ないようにして暮らした方がいい。家というのは一応結界だから、よくないものが来ても中に招き入れなければひとまず大丈夫だと思う。もし転居するなら相談して。キミたちはあれに認知されているから、何か嫌がらせをされるかもしれない。あれを消すとか、排除するというのは、少なくともボクには無理です。とても強いものだからね』
「……」
『ああいうのはまた遊びに来るかもしれないから。気をつけてね』
最後の言葉が、電話を切ってもずっと耳に残った。
気をつけてね。
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