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『我々は少しずつサヨさんの話を聞きました。幽霊というのはどうも話すのが得意ではないようです。おまけに文坂の家のもの以外には見えないようですから、葉子が聞いて、実花子が聞いて、樹生が聞いて、少しずつ話をまとめることしかできませんでした。ですから以下の内容には私の憶測を含みます。――』


 なるほど、死者はコミュニケーションをとるのが苦手なものらしい。おれは阿久津さんの「コンコン」を思い出す。昨夜の無機質な「開けて」を思い出す。ねえさんのような幽霊はレアケースで、今ここに叔父の幽霊がいたとして、生前のようにおれに話しかけてくることはできないようだ。不便なものだ。

 おれは立ったまま昭叔父の手紙を読み進めた。襖の向こうからテレビの音声と、晴がけらけらと笑う声がした。こんな手紙を読むにはあまりに平和なBGMだった。

 黒木さんが外から窓ガラスを割って家の中への入り口を強引に作ってくれた。おれと晴が助かって今こうしているのは、とにかくそれのおかげらしい。よかったと思う反面、それっぽっちのことで事態が収束したということが信じられなかった。

 今まで何代にもわたって当主が早死にし続けてきたことや、文坂の分家が全滅したことには一体何の意味があったんだ? おれたちが怖れてきたのは、それっぽっちの条件をクリアすることで終わることだったのか?

 手紙を読み終えると、おれはその場にしゃがみこんだ。上手く言葉にならないが、とにかくいい気分ではなかった。ここに書かれている通りのことがあったのだとしたら、なるほどそれはこの程度の条件付けで終わるべきことだったのかもしれない。なのにおれたちはずいぶんこいつに振り回されて、めちゃくちゃな迷走をしてしまったらしい。

 ばかばかしい。正直信じたくない。

 でも、昭叔父の手紙を疑いたくない。

 どういう気持ちでいればいいのかわからなくなりながら、とにかく一人でいるのはよくないと思って居間に戻った。晴が黒木さんに肩車してもらってケラケラ笑っている。

「きっちゃん! すごい! たかい!」

「ほんとだ、めっちゃ高い」

「身長190くらいあるんで」と黒木さんが申告した。「普通の家だったら晴くん、頭ぶつけてますね」

 なるほど、この家の天井は無駄に高い。晴がはしゃいでいるのを見上げていると、炬燵の上に置かれていた黒木さんのスマートフォンが鳴った。

 画面に志朗さんの名前が表示されている。おれたちは顔を見合わせた。


 志朗さんはまだ病院だという。元々「頭を打った」と言って来院した上に、白昼堂々衆人環視の中で倒れたものだから、今更「全然問題ないです。元気です」と言ってもおいそれと帰らせてはもらえないらしい。一通りの検査が終わるまでは病棟から出られないみたいだ。

『これ、スケジュールが来月まで鬼のようになるよ。全部後ろに倒れてくるもん』

 ハンズフリーにしたスマートフォンから聞こえてくる志朗さんの声は、内容は穏やかではないものの確かに元気そうだ。おれはほっとした。

「お疲れ様です」

『黒木くんも他人事じゃないからね。お疲れです。聖くんたちは?』

「無事です。志朗さん、巻物じゃなくてもよめるんですね。知りませんでした」

『すっっっごいやりにくいから滅多にやらんのよ。魔女が箒の代わりにデッキブラシで空を飛ぶみたいなやつだと思ってて。それにしても黒木くん、よくピンポイントで割ったね』

「女性の声でこっちこっちって呼ばれたんですよ。夢中だったんで全然おかしいと思わなかったんですが」

 黒木さんがさらっと言った。この程度のことだったら全然ありうる、みたいな口ぶりだった。

『そう? それ多分ボクの知らない人じゃなぁ』

 志朗さんもあっさりと返す。そのとき晴がぽつりと「おかあさん」と言った。ふと部屋の中を風が通ったような気がした。

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