19
晴がおれにくっついて離れないのを見かねて、黒木さんが「悪いけど勝手にやっちゃいますね」と言いながら、色んなことをやっつけてくれた。ガラスが飛び散ったおれの部屋を片付けて掃除機をかけ、それから朝食を買いに行ってくれている間、おれは晴を抱えて炬燵にあたっていた。なにか音が欲しくなってテレビを点けると、天気予報が寒波の到来を告げていた。
「きっちゃん、晴ねぇ、ずっとふたりだったのわかった?」
おれの膝の上に座っている晴が、突然そんなことを言いだした。
「どういうこと? それ」
「なんかねー、わかんない」
晴にもどう伝えればいいのかわからないらしい。
おれは否応なしに昨夜のことを思い出してしまい、また全身がぞわぞわしてきた。居心地が悪くなってその場で座り直したそのとき、寝間着にしているジャージのポケットに昭叔父の手紙が入っているということを、おれはようやく思い出した。晴には見せないようにと書いてあったけれど、どうしたものか。
「晴、おれトイレ行きたいんだけど」
試しにそう言ってみたが、晴はテレビ画面を眺めたまま「あとでね」と返した。困る。手紙が読めないのも困るが、本当にトイレに行きたくなったときはどうすればいいんだろうか。
「何でさっきからおれにくっついてんの? どうかした?」
ストレートに聞いてみると、晴はおれの鎖骨あたりにぐーっと後頭部を押し付けて、「きっちゃん、しんじゃったかと思った」と言った。
「なんで?」
「ぜんぜんおきないから、しんじゃったかと思ったの!」
晴はちょっと怒ったようにそう言った。
どうも窓ガラスが割れておれの視界がホワイトアウトした後のことを言っているらしい。晴が揺すったり叩いたりしても起きなかったのだそうで、だから今もおれが急に死なないかどうか不安らしい。
結局、黒木さんがコンビニから帰ってくるまで、晴はずっとおれにくっついていた。
晴はもう「ふたりじゃなくなった」のだという。夜に見た「もう一人の晴」がいなくなったのなら、ひょっとしてあの手紙を隠すこともないんじゃないかと思ったけれど、それでも晴の目の前で開封するには抵抗があった。結局おれが手紙の内容を確認できたのは、黒木さんが戻ってきて朝食を済ませ、落ち着いてきた晴がようやく離れてくれた後だった。
居間に晴と黒木さんを残して一番近い座敷に飛び込むと、おれは立ったまま昭叔父の手紙を読み始めた。
『皆から少しずつ情報が集まってきた。聖君に託します。晴君に見られないように。危険です。俄かには信じられないでしょうが昨日とうとう実花子のところに晴君が来たようです。おそらく崇たちの前にも現れたものでしょう。もちろん本物ではありません。晴君の姿をしてはいるようですが、あれは元々山にいたものです。
あれは普段は人間の中に潜み、時にはその人間の姿を借りて表に現れるもののようです。もちろん人間ではなく、由来のわからない化け物です。理屈も通じなければ善悪もわかりません。そのことを覚えておいてください。
夜家の周りを回っているのは文坂家の先祖のサヨという女性で、助けを求めてはいますが危険な人ではありません。怖ろしいでしょうが彼女が来たら中に入れてやってください。晴君の中にいるものと会わせてやってください。それが叶えばあれは山に戻るそうです。そういう約束なのだそうです』
「中に入れてやってください」という箇所には、赤ペンで下線が引かれていた。そこを何度か見返してから、おれは続きを読み始めた。
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