15
一瞬、何が起こったのかわからなかった。真っ暗で何も見えない。とにかく明かりをつけようと立ち上がって手探りで壁に手をついた。そのまま壁伝いに移動し、電灯のスイッチを探し当てる。何度か押したが、明かりは点かなかった。
よく見るとテレビやスピーカーの電源ボタンも点いていない。どうやら停電か、もしくはブレーカーが落ちたらしいと、ここでようやく気づいた。停電だったら待つしかないとして、まずはブレーカーを確認しなければ。
古い家だが、こんなことは滅多にない。どうして明かりが消えたのかはわからないが、とにかく光源がないと何もできそうにない。ブレーカーは台所、勝手口の上にある。一度廊下に出ないとならない。無駄に広い家は不便だ。
スマートフォンを持ってくるんだったと今更のように悔やんだ。さっき寝るつもりで枕元に置いたときのままだ。あれがあれば光源になっただろう。山に持っていった懐中電灯は元通り物置にしまって、手探りで取り出せるかかなり怪しい。
とりあえず扉を開けて廊下に出た。
(とにかくもう一度明かりを点けて、手紙を読まなきゃ)
あの続きに何と書かれていたか、ちゃんと読まなければならない。さっき一瞬目に入った言葉が見間違いじゃなかったかどうか――
「きっちゃん!」
突然腰の辺りに抱きつかれた。驚きと衝撃で喉の奥から「ぐぅ」という声が出た。
「――晴か!?」
「うん」
晴は返事をしながら腕に力を込めた。
「よくおれのこと見つけたな」
「ちょっとあかるいもん」
なるほど言われてみればその通りで、玄関の曇りガラスからうっすらと外光が差し込んでいた。目もだんだん暗闇に慣れてきたのか、白いパジャマを着た晴の輪郭が見えるようになってきた。
「目、覚めたんか」
「うん。きっちゃんいないから、さがしにきた」
「電気点かなくなっちゃってるんだよ。おれ、ちょっとブレーカー見てくるから」
「ブレーカーってなに?」
「家全体の電気のスイッチみたいなやつ。そこが急にオフになったのかも」
「いかないで」
またぎゅっと強くしがみつかれた。
「晴、歩けないって」
「こわいからいかないで」
そう言いながら、晴はおれの脇腹に顔を押し当ててくる。仕方ないから晴を背負って移動するか……と思ったとき、外で物音がした。
ひた。
ずっ。
ひた、ずっ、ひた、ずっ、
家の外周を回っている。いつもより時間が早い。
もう追いつかれたのか。こうなるだろうと覚悟していたはずなのに、軽い絶望感で手足から力が抜けかけた。
こうなったらもう、いつものように朝までやり過ごすしかない。おれは晴に「部屋に戻ろう」と声をかけた。明かりなんか点けずに静かにしていた方がいいだろう。が、晴はおれにくっついたまま動かなかった。
「晴、もう一回ちゃんと寝よう。家の中でじっとしてれば大丈夫だから。おれも一緒にいるし」
「聖くん」
玄関の外からおれを呼ぶ声がした。
聞き覚えのある声だった。その声の主に思い当たった途端、体が動かなくなった。
「聖くーん」
もう一度名前を呼ばれた。おれは思わず呼び返しそうになるのを必死で堪えた。
(実花ちゃんの声だ)
曇りガラスの向こうはよく見えない。誰かが立っているようなぼんやりとした影が、引き戸を一つ隔てたところに見えるような気がする。
何かがもう一度「聖くん」とおれの名前を呼ぶ。風が吹いたのか、玄関の引き戸がカタカタと揺れて音をたてる。
「聖くん、開けて」
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