09
おれは仏間の畳の上で眠っていたらしい。いつからそうなっていたのかまったく覚えていなかった。昭叔父に会ったのも夢だったのだろう。やけに現実味のある夢だった。マンスリーマンションで本家の夢を見たときや、阿久津さんの家の二階に上がった夢を見たときと似ている。(こんなところで寝てまうなんて普通でないよ)と言った叔父の声が、まだ耳の中に残っていた。
「きっちゃん、かぜひくよ!」
晴が眉をしかめておれを叱った。その顔がちょっとねえさんに似ているなと、こんな時なのに思った。晴の人間らしい部分を確認できた気がしてほっとした。
「ごめん」
謝ると、晴は訳知り顔で「うんてんするとねぇ、つかれるよね」と言ってうなずいた。
「晴は何やってた?」
「ひっこし」
「兄さんの部屋に? 本当にあんなとこがいいのか? 机とかは?」
「ねるときだけあっちにするー」
晴はにこにこ笑っているが、頑なだ。「何で?」と尋ねると「なんでも!」と答えて肝心なことを教えてくれない。
あの部屋は昔おれの父が使い、その死後に兄が望んで使い始めた部屋だ。父の前は祖父が使っていたらしい。晴にはそういう因縁を感じる場所に移ってほしくないし、そこで寝てほしくない。とにかく今日一晩はおれの部屋で寝てもらう約束をとりつけたけれど、明日は引き留めることができるだろうか。
「きっちゃんがこっちくればいいのに」
「今夜寝るとき? やだよ、狭いから」
内心(冗談じゃない)とぼやきながら壁にかかっている時計を見た。もう四時だ。冬の日の入りは早い。山を見に行くなら今がギリギリの時間だろう。墓が見つかっても見つからなくても、五時になる前に引き返した方がいい。
「晴、ちょっと山に行きたいんだけど――」
そう言うと、晴はムッと顔をしかめた。そりゃそうだ。大人がこぞって「行くな」と教えてきたところだから、こんな風に言われたら変に思うに決まっている。
「おかあさんがぜったい行っちゃだめだっていってたよ。じいちゃんとかばあちゃんも」
晴がじいちゃん、ばあちゃんと呼ぶのは、分家の叔父と叔母のことだ。祖父母であるおれの両親は、二人とも晴が物心つく前に亡くなっている。早世した父はもちろん、晴には母の記憶も残っていないだろう。
「そうなんだけど、探してるものがあってさ」
「でもぜったいだって」
「すぐ戻ってくるから」
結局、「大人だから大丈夫」ということで説得することができた。晴は唇を尖らせ、「じゃあ晴はうちでまってる」と宣言した。何だかんだ言いながらついてくるかと思っていたので意外だったが、それならその方がいい。晴がいるとどうしても足が遅くなってしまう。
「じゃあ、絶対うちから出るなよ」
そう念を押すと「うん!」といい返事をもらった。そうと決まれば早いに越したことはない。立ち上がろうとしたところで、晴がノートを拾ってくれた。開きっぱなしのまま、表紙を上にして畳に落ちていたのだ。
「きっちゃんのでしょ?」
「うん。ありがとう」
晴の頭をなでながら、ふと折り目のついたメモのページで目が留まった。途端に息が止まりそうになって、おれは危うくノートを取り落すところだった。
「きっちゃん、どうかした?」
「晴……このノートに何か書いたか?」
「これ? ううん」晴は無邪気に首を振った。「きっちゃんのだもんね? かってにかかないよー」
そうだと思った。そうであってほしい。晴がそんなことをするはずがない。こんなことを書くわけがない。
いつの間にか内容が足されていた。「文坂サヨ」と書かれた周囲が黒い鉛筆でぐるぐると囲まれ、その下にたどたどしい文字がのたくっている。
「こどもごろし」
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