08
おれは「縦」の結果を鵜呑みにしすぎかもしれない。
あるいは、情報のつなぎ方を間違っているのかもしれない。
でもこの女性が実在していたとして、そして本当に両足首を失っていたとして――そのことが、彼女の存在が執拗に隠蔽されていたことと、最悪な接続の仕方をしてしまう気がして仕方なかった。
深呼吸をひとつしてから、改めてノートに視線を落とした。内容に間違いはないはずだ。
「文坂哲 若くして亡くなっている。本家の当主を殺そうとしたことがある
殺害動機 ぼやける
死因 ぼやける
山中、獣道の先にあるお堂? 小屋?(今はなさそう)
今は
同じ獣道を辿っていった先に墓がある(五輪塔)女性、文坂サヨ? という名前 おそらく二十代
両足首がない
死因 ぼやける
小さな子どもを見ている→急に見えなくなってぼやける
何人もの怒鳴り声を聞いている。眩しくて目が痛いと思っている
両足首に強い痛みを感じる
捕まったら終わり←? 詳細がぼやける」
見直してみると「ぼやける」という表現が目につく。実際に志朗さんが言っていたことで、よもうとしても上手くいかないのだという。「昔のことだからかなぁ、難しいね」とこぼしていたのを思い出す。
やはりこの文坂サヨ? という人がキーパーソンだろうとは思う。墓の実物を見れば彼女の名前が彫られているだろうか? ただ、菩提寺にある文坂家の墓所にも五輪塔はあるが、俗名が彫られていた記憶はない。加えて長年存在を隠されていた人物だし、望みは薄いと思う。
彼女は本当に実在したのだろうか?
本当に両足首がなかったのか? どうしてなくしてしまったのだろう?
なぜ彼女の墓だけ山の中にある? 山の中にあったお堂のような建物と彼女には、何か関係があるのか?
厭な予感が胸の中で渦巻いている。
おれはずっと、山には何か「人ならざるもの」がいるのだと思っていた。
妖怪とか、もしくは神様のようなものがいて、それを文坂家の者が人を頼んで封じた。その影響が出ているのだと――少なくとも伝わっているのは、そういう話ではなかったか。
でも山には墓があって、そこに葬られているのは人間だという。それはまだ若い女性で、両足首がないという。
だからあれは家の周りを回るとき、ひた、ずっ、と音をたてるんじゃないか。
壁に手をつき、脚を引きずって。
山から来るものの正体は、昔この家に住んでいた人間なんじゃないのか。
「両足首を切られてなぁ、山へ追い払われたんやと」
男の声がした。
顔を上げると、昭叔父が畳の上に正座して、おれを見つめていた。
「哲さんなぁ、ちょっこし怒りっぽいけど、優しい人やった」
静かな声で、おれに語りかけてくる。
「人殺すような人やなかったさかい、あのときは驚いたなぁ。ちゃんと話を聞かんにゃと思うてるうちに亡くなってな。みんな『お山に怒られた』って言うとったなぁ。お山のものは、文坂家に祟っとると同時に守っとるんでないかと」
「昭叔父さん」
声をかけたおれに、叔父は黙って首を振り、話を続けた。
「哲さん、おサヨさんが気の毒で仕方なかったがやろう。やり方は間違うとったけどな」
「叔父さん」おれはもう一度話しかけた。どうしても知りたいことがあった。「哲さんて人は、サヨさんのことをどこで知ったんだ?」
昭叔父は暗い目でおれを見て、答えた。
「本人に聞いた。なぁ聖くん。こんなところで寝てまうなんて普通でないよ」
「きっちゃん! きっちゃんおきて!」
強く揺さぶられて目が覚めた。
いつの間にか、日が傾き始めていた。
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