02

 チャイムは門の外と玄関の二箇所にある。今の音は玄関の方だ。この辺の土地柄か、勝手に庭に入ってこちらを鳴らす人の方が多い。

 本家は昔から曰く付きの家で、訪ねてくるのは分家の人たちか、なにかしらちゃんと用事がある人ばかりだ。「特に用はないけどふらっと寄ってみた」なんて人はいない。分家が全滅したというなら、一体誰がこんなところを訪ねてくるだろう。

 緊張で胃がきゅっと縮む。そのときもう一度ピンポンという音が響き渡った。

「おきゃくさん?」

 晴が玄関の方に顔を向けて呟く。そう――かもしれない。厭な予感ばかりが膨らんでいく。山から来るのは夜に決まっている。昼日中に来るわけがない。

「晴、ちょっとここで待ってな」

 おれは晴を部屋に置いて廊下に出た。この家にモニター付きインターホンなどという近代的なものはない。近くの座敷から玄関の前を覗けるだろうかなどと考えていると、引き戸を叩く音がした。

「文坂さん!? どなたかいらっしゃる!?」

 聞き覚えのある声だった。

 おれは強張っていた肩をほっと落とした。確かあれは「病院のおばさん」だ。名前はちゃんと覚えていないが、この辺りでは皆がそう呼んでいる。

 田舎だから近所に診療所は一箇所しかない。おばさんはそこの院長の奥さんで、看護師として働いている。葉子ようこ叔母と仲が良く、分家に行くと顔を合わせることがあった。

 おれは急いで玄関に向かった。他人と顔を合わせるのが怖いような、でもそうしなければいけないような、わけのわからない気分だった。長い廊下を通り抜けて引き戸を開けると、がっしりした体型の見るからに元気そうなおばさんが立っていた。やっぱり病院のおばさんだ。昼間でもどこかうす暗い家の中から急に屋外に出ると、一瞬日光に目がくらんだ。

「わっ、きよしちゃん! あんたやっぱり帰ってたの!」

 おばさんは驚きながら、ぱっとおれの左手をとった。左手首に指をあてて、まるで脈を測られているみたい、というか実際測っていたのかもしれない。おれが生きているかどうかを確かめているようだった。

「はぁ」

「まぁー、やっぱり聖ちゃんだ。しばらくぶりに車が停まってたからいるんじゃないかと思ったんだけど、ねぇ。晴ちゃんも一緒なの?」

 おばさんはおれをぐいぐい詰問する。「そうです」と簡単に答えると、「まぁまぁまぁよかったわ」とあまりよくなさそうな顔で言われた。

「聖ちゃんたち無事だったのねぇ。大変だったのよ、葉子ちゃん……」

「叔母が、その」

 おばさんは鼻をすすり、おれの手首を持っていない方の手で涙をふいた。「葉子ちゃんとこもたかしさんとこも――一体どうなってるのかしら。あたし、葉子さんと仲よかったでしょう。ここの鍵を預かってて、時々お邪魔して風を通したりしてたの」

「そうだったんですか。すみません、ありがとうございます」

「いいのよ。それより、あんたたちいなくなっちゃったって聞いて心配してたのよ。まぁねぇ、こんなうち、出ていきたくもなるよねぇ」

 内心どう思っているのかはさておき、おばさんはおれを責めない。もしも分家の人たちはおれのせいで死んだんですよと告白したら、彼女はどう思うだろう? 気がつくと厭な方にばかり考えが進んでしまいそうだった。

「とにかく、聖ちゃんたちが帰ってきてよかったわ。鍵、返しておくわね」

 おばさんはおれの手にふたつの鍵を載せた。ひとつはこの家で、もう一つはおそらく分家の方だ。二軒とも手入れをしておいてくれたらしい。

「ほんとすみません。お手数おかけしました」

「別に、ちょっと窓開けたりしてただけよ。ああよかった」

 ふぅ、と息を吐いたおばさんは、いかにも「肩の荷がおりた」という様子だった。「聖ちゃんの前で言うのもあれだけどさ」とぼそりと言う。いつもの明るいおばさんではなかった。

「あんなに人が亡くなるなんて尋常じゃないわよ。こんなこと非現実的だと思うけどさ、やっぱりそういう土地なのかしらねなんて思っちゃうわ。ほら、むかぁしこの辺で大勢亡くなったって言うじゃない。それを文坂さんでどうにかして――でも聖ちゃん。このおうち、なくなったらどうなるのかしら」

「どうもなんないですよ。うちがなくなるだけです。たぶん」

 そう言い捨てたおれの顔を、おばさんは驚いたようにぽかんと見つめた。

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