16
「――というところです。役に立ったかな」
志朗さんがそう言って口を閉じる。おれは録音停止のアイコンをタップした。「いいかね聖くん」と、志朗さんはふたたび口を開く。
「ボクがよんできたものは切れ切れだからね。それをどうくっつけるかは聖くんに任せるしかないんだけど」
「まだよくわかんないっすけど、何も知らなかったよりはずっといいと思います。ありがとうございます」
そう言いながら膝の上で拳を握っていた。これが精いっぱいのリアクションで、それよりもこれからのことが気がかりで仕方がなかった。「今になってこんなことを聞いてしまってどうするんだ」というような、困惑に似た感情が胸に渦巻いていた。
「えーと、じゃあ三百万……」
「聖くん、お金払っちゃっていいの?」
志朗さんが突然そう言った。
「はい?」
「今の当たってるかどうか全然確かめてないでしょ。ボクが適当こいてるだけかもしれないと思わない?」
「は? ……え? 今更何言ってんすか?」
「いや適当こいてはないけど、聖くんあまりに素直だから、なんか不安になっちゃった……」
なっちゃったじゃないよ……せめてもっと早く言ってほしい。そういうことは。
「志朗さん、阿久津さん推薦の人なんでいいかなと」
「いいんだ? 阿久津さんかぁ。もう帰ってくれるかな……」
志朗さんは保冷剤を押さえながら不安そうに言った。クローゼットからコンと音がしたが、どういう意味かはわからない。
「ところでちょっとおせっかいを焼くけど、聖くんたち、これからどうするの?」
志朗さんがまた突然尋ねる。正直、この人こういうこと聞くんだ、と少し驚いた。もっとドライな人かと思っていたのだ。おれの気持ちを見透かしたように、志朗さんは続けた。
「何じゃろうなぁ。聖くんってすごい必死な感じがして、なんか痛々しいくらいでね、見捨てたら後生が悪いなと思ってしまうのよ、こっちは。阿久津さんが何であんなになりふり構わなかったのか、ボクちょっとわかってきた気がするな。そもそも彼女、代々家系で継いでる拝み屋さんみたいだけど――」
クローゼットの中で、コンコンコンコンと音が鳴った。志朗さんは「ごめんね」と言った。それは明らかに、おれに言ったのではなかった。
「ボクにもちょっと人脈があるので、よそから聞きました。阿久津家は女系の拝み屋さんだったけど、千陽さんの代で急に力が落ちたってね――昔からのお得意さんが離れちゃって、そこにこういう子が頼ってきたらまぁ、頑張っちゃうかもね。頑張り方が極端すぎるけど」
またクローゼットからコンコンコンコンと音が続いた。志朗さんの言っていることが当たっているんだろうか? それとも違うから抗議しているんだろうか? 志朗さんは背後で鳴るクローゼットを振り返りもせずに話を続ける。
「阿久津さん、呪いをかけて回ってたのって、呪い返しされるの前提だったんでしょ。それくらい力がある人間なら聖くんたちもどうにかできるかもって思ったんじゃない? ちがう?」
コン、と音がした。志朗さんは「無茶じゃなぁ」と言ってちょっと笑った。
「でも残念だったね。ボクにできることはここまでです」
またコン、と音がした。
「阿久津さん、マジで死ぬ気だったってことですか?」
おれにとってそれは、やっぱり受け入れがたいことだった。でも志朗さんは「らしいね」と平気な顔で言う。やっぱりこの人たちとおれとは何かが違う、と思う。
「やっぱなんか納得いかないですよ。阿久津さんとおれらは赤の他人なのに……」
「ボクはなぁ、正直キミの行動も納得いかないよ。聖くん」
急にそう言われて、おれは心臓の裏を覗かれたような気持ちになった。
「ボクは自己中なんでね、どうして聖くんが、自分のことをそんなに捨ててしまえるのかわからない」
「それは……晴はおれの甥っ子だし、生まれたときから一緒だから」
そこまで言って、おれは言葉を飲み込んだ。志朗さんは何かよんだんじゃないか――そんな気がしたのだ。「縦」をやったとき彼が何をよんだのか、結局のところは志朗さん本人にしかわからない。志朗さんがわざと情報を伏せたとしたら、おれには知りようがない。
(だって志朗さん、ねえさんが泣いてたんだよ)
おれは頭の中で呟く。
(晴をひとりにしないでって、ねえさんが、普段あんなにしっかりしてるのに、おれと二人になると泣いて、怒ってさ。きっちゃんはずるいって。この家に生まれたくせに、ひとりだけ分家の婿に入ったりして幸せに生きていくつもりなのかって、晴を見捨ててよそにいくのかって、何度も言うから、おれは進学も就職もやめて、家からもあんまり出なくなって、それで)
「聖くん、ボクはねぇ、人間って結局みんなひとりぼっちだと思うよ」
志朗さんが言った。「じゃけぇ、自分のことは自分で決めたら」
おれは何も言い返せなかった。
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