14
晴を黒木さんから引っぺがしておれの隣に座らせた。その間に、志朗さんがテーブルの上に巻物を置く。
「二人はそこに座って、なるべく静かにしててもらったらええよ」
「あの……ちょっと命がけってどんくらいですか?」
なんだかおれの方が怖くなって、そんなことを聞いてしまった。志朗さんは巻物を広げかけた手を止めて「うーん」と唸る。
「そこそこ大きい野生動物に素手でタッチするくらい……?」
「それ結構かかってますよね……」
「まぁー、ワンチャン大人しいやつかもわからんし」
そのワンチャンでなかったらどうなるんだ。やっぱり三百万では足りない仕事のような気がする――それにしても阿久津さんといい志朗さんといい、わりとカジュアルに生死の境を彷徨いに行ってないか? などと考えているおれの目の前で、志朗さんは静かに巻物を広げる。
やっぱり真っ白だ。文字も絵も凹凸もない。
「黒木くん、十二分」
「測ります」
黒木さんがスマートフォンを手に持って言う。
志朗さんが両手を巻物の上に置く。「縦」が始まった。
昨日見たときは、志朗さんの両手は何かを探すように白紙の上を動いていた。でも今日は違う。少し手を動かした後、そこに何か見つけたみたいにぴたりと止まって動かなくなった。
目を閉じて深く俯いたままの志朗さんの顔は、長い髪に隠れてよく見えない。一体何を探っているのか、何を読み取っているのか、傍から見ているおれにはさっぱり見当がつかない。
晴はなにか面白い動画でも見てるみたいに、志朗さんをじっと見つめている。ご祈祷をしている阿久津さんを眺めていたときと同じ顔だ。黒木さんはソファの横に立ち、スマートフォンの画面と志朗さんを代わる代わる見つめている。
皆、黙り込んでいる。
十二分がやけに長い。
おれも自分のスマートフォンを取り出して時間を確認することにした。「今ちょうど五分です」と黒木さんが小声で言った。
志朗さんは微動だにしない。よく見ていると、背中の動きでゆっくり呼吸しているのが微かにわかるくらいだ。
八分が過ぎた。
早めに終わったりはしないんだろうか。気がつくとおれはスマートフォンを握りしめていた。晴は大人しく座って、微動だにしない志朗さんをじっと眺めている。何がそんなに面白いのか聞きたいけれど、口を開くことはできない。
十分が過ぎた。
黒木さんの顔が険しくなる。阿久津さんはどうしているのか、今日はことりとも音がしない。この部屋にいるとかいう幽霊も静かだ。志朗さんはまだ固まったままで、まったく動く気配がない。ずっとこのままだったら思い切り殴ってやめさせなければならない。自分の掌が汗で湿っているのがわかる。
十一分。
まだ終わらない。十秒、二十秒、三十秒、そのときぱたっ、という音がして、白紙の上に突然赤い丸が浮かび上がった。
ほぼ真下を向いた志朗さんの髪を透かして、その鼻先から血液らしい赤い雫が垂れるのが見えた。
四十秒。
おれは弾かれたように立ち上がった。「志朗さん!」と呼びかけながら、空いている手で後先考えずに志朗さんの肩を押した。
動かない。
床から椅子、そして人体と繋がった状態でひとつの石から彫り出した彫像みたいだった。びくともしない。
「きっちゃん」
晴がおれの服の裾を掴んで引っ張った。その声が震えているように聞こえた。
五十秒。ぱたたたっと音がして、巻物の上に血の跡が増える。五十五秒。
ぎょっとするような音量で、部屋中にアラーム音が響き渡った。
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