13

「志朗さん、元気なさそうですけど大丈夫ですか?」

 やってきた黒木さんは、怪訝そうな顔でそう尋ねた。志朗さんがため息をついた。

「応接室のクローゼットがちょっと大変だったので……もうね」

 阿久津さん、やり過ぎなのである。さっき応接室の片付けついでに中身を改めてから、志朗さんは怒りを通り越してがっくりきてしまっている。

「仕事のものはいいけどアンプが地味に高いねぇ……大きいやつが……」

「ご愁傷様です」

「かなしい」

 おれが言うのもなんだが、こんなテンションで「あんまりやりたくない」ようなことをやっても大丈夫なのだろうか……が、志朗さんは一通り黒木さんに愚痴をこぼすと気が済んだらしく、

「とっととやろう。これ以上引っ張って阿久津さんがまた暴れるといかん」

 と急に平静な顔つきになって宣言した。

 おれたちは応接室に移動した。寝具や荷物は隅に寄せられ、黒木さんが管理人室から借りてきてくれたテーブルがソファの前に置かれている。

「では、聖くんに『縦』についてちょっと説明します。これを聞いてから、本当にやるかどうかちゃんと決めたらええと思う」

 昨日のように、おれは志朗さんと向かい合ってソファに座った。晴はさっきから黒木さんの背中にコアラのようにくっついているが、黒木さんは「軽いから大丈夫ですよ」と言ってそのまま背負ってくれている。

「縦によむというのは、平たく言えば過去のことをちょっと詳しく探ることじゃね」

 ちょっとですよ、と志朗さんは巻物を両手に持ったまま話し始める。

「普段より古い情報を探しにいくわけです。昔のことだからはっきりわからないかもしれないし、そもそも言った通り、文坂家の件は妙によみにくい。けど、なにしろ今は情報が少なすぎるでしょ。これ以上何か知ろうと思うなら、思い切って縦をやるのが手っ取り早いとボクは思う。幸い当事者ど真ん中の晴くんがいるので、彼を手がかりにすればわりとうまいこといくんじゃないかな……という気がする。ただ、保証はできないよ。縦は結構怖いんで、ボクもそんなにやったことないからね。それに言うとくけど、あくまで何かしらの情報を引っ張ってくるかもしれないってだけ。お祓いのたぐいができるわけじゃない。それで三百万円。どうする?」

「お願いします」

 おれは即答した。あれがもう一度おれたちを見つけるまで、おそらくもう何日もない。今から他の霊能者を見つけて、引き受けてもらって――なんて悠長なことをやっている時間があるとは思えないのだ。

「よし、じゃあ引き受けました」

 志朗さんが言った。「できる限り遡ってみましょう。ただ経験上十二分が限界だね。これ以上は危ない――というわけで、黒木くんに頼みがあります」

「何ですか?」

 黒木さんが晴を背中にくっつけたまま、不思議そうな顔で言う。

「ボクなぁ、縦によみ始めるとすぐには止められんのよ。もし十二分経ってボクがよむのを止めてなかったら、そのときは殴って止めてほしい」

「はい?」

「とにかく強制終了させてほしいんだよね。十二分経ってそのままだったら、思いっきり殴れ。顔を」

「だ――大丈夫ですか? 俺、結構力ある方だと思うんですが……」

「知ってる知ってる。止めない方がよっぽどまずいから大丈夫。で、聖くんにも頼みがあるんじゃけど」

「へっ。はい?」

 急だったので驚いた。おれに何ができるっていうんだ?

「あのね、黒木くん見た目は結構恐いみたいなんだけど、中身はそうでもないのよ。何しろ虫も殺せないって人だから、土壇場でちゃんとボクを殴れるか、本人の前で言っちゃ悪いけど不安なんだよね……だから黒木くんが殴れなかった場合は、聖くんに頼みます」

「はぁ?」

 おれだって他人を思いっきり殴った経験なんかないのだが……。

「頼んだよ〜。ほんっとにやってくれないと困るよ」

 志朗さんはそう言って両手を組み、ぐっと背伸びをする。「これ、ちょっと命がけだからねぇ」


 もしかして三百万円、リスク的に安すぎなんじゃないかという気がしてきた。

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