07
阿久津さんが志朗さんのところにやってきたのは、今日の午後、一時か二時頃だったという。
志朗さんのところには、基本的に飛び込みの客というのは来ないらしい。おれも以前来たときには事前に電話をかけ、予定を入れてもらった覚えがある。が、阿久津さんは「電話をかけながら入ってきた」らしい。
「住人の人と一緒にオートロック入って来ちゃったんですかね。電話に出たら『もうお宅の前にいます』って言われたんですよ。怖かったな正直……」
サイコホラーみたいだ。阿久津さん、本当にそんなことしたのだろうか……とりあえず今、クローゼットの方は静かなままだ。
「緊急なんです! って言いながらめちゃくちゃピンポン鳴らすんで、とりあえず入ってもらったんですよね。近所迷惑だし」
志朗さんが思い出したらしくため息をつく。阿久津さんには悪いけど、おれもちょっと怖くなってきた。
「なんで文坂聖くんの依頼を断ってしまったんですか?」
挨拶もそこそこに、阿久津さんはそう切り出したらしい。もちろん志朗さんは「自分には無理だから」と説明する。でも阿久津さんはなかなか納得しなかったらしく、
「全部解決するのは無理でも、ちょっとだけでも助けてあげたらいいじゃないですか? 聖くんは晴ちゃんを守ってあんなにがんばってるのに、見て見ぬふりなんてかわいそうだと思わないんですか?」
と相当粘ったという。その声が真剣で、自分のやっていることに一切疑いがないという感じだったらしい。話を聞いていて、おれは「私にだって得意なことあるんだよ」と話す阿久津さんの表情を思い出した。
「可哀想とか可哀想じゃないとかの問題じゃない、無理だから早く帰ってくださいと申し上げたんですが、なかなか帰らなくってね……とにかく全然退かないので困りました。大体阿久津さんって、文坂さんたちの何なんです? 失礼ですけど」
志朗さんに聞かれて、正直に「最近会った霊能者のひとです」と答えた。
「最近? 血縁者とかでなく? うそぉ、それであんな体張ります?」
そんなことおれに言われたってわからない。
とにかく阿久津さんはいよいよ外につまみ出される寸前まで粘り、志朗さんが文坂家の件を引き受けないとみると、「後悔しますよ」と言い置いて帰っていったという。
「その後ボクに呪いをかけたんでしょうが、気づいたのですぐに対処しました。そしたら戻って来ちゃって……うるさいんですよホント。とにかく文坂さんたちを呼べということらしいので――でしょ?」
志朗さんはちらりとクローゼットの方に顔を向けた。やっぱり静かだ。まるで阿久津さんが「特に訂正すべきところはない」と言っているみたいだった。
それにしても阿久津さん、本当におれたちのためにそこまでしてくれたのか。確かにおれたちの世話をあれこれ焼いてはくれたけど――
「文坂さん。言っときますけど」
と、志朗さんが言った。「阿久津さんが亡くなったことに対して責任があるのは、ボクでも文坂さんでもなくて、阿久津さん自身ですからね」
ついごちゃごちゃと考え事をしそうになっていたところを、急に現実に引き戻されたような気がした。
「自分のせいで死んだんじゃとか考えたら駄目ですよ。阿久津さん、自分の呪いで死んだせいかわからんけど、今めちゃくちゃしつこい霊になってますからね。同情してたら、ひょっとして文坂さんの方に憑くかもわからん」
クローゼットの方で、抗議するようにドンドンという音が聞こえた。まるで「そんなことしません」と阿久津さんに言われているみたいで落ち着かなかった。
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