06

 志朗さんがため息をついた直後、作り付けのクローゼットの中から何かパタンと倒れるような音がした。それから、壁を叩くようなバンバンという音が続いた。おれたちのすぐ横で鳴ったと思ったのに、そこには誰の姿も見えない。

「今の、阿久津さんなんですか?」

 恐る恐る尋ねると、

「もの壊したり倒したりするのは阿久津さん。壁バンバンは違うかも」

 と志朗さんは答えた。そういえば晴が「この部屋オバケいる」みたいなことを言っていた気がする。彼ら的に阿久津さんもしくはおれたち二人は、自宅にやってきた不審者みたいなものなのかもしれない。

「壊されるのも普通にキツいんですけど、ボクねぇ、家の中のものの位置を勝手に変えられるのホントに嫌なんですよ……」

 と志朗さんは言い、そういう語気の端々にもやっぱり「怒ってるな」という響きが感じ取れる。まぁ、家を荒らされたら普通怒るよな……。

「で、あの、阿久津さんが呪い返しでってどういう……?」

 本題に戻ろうとしてそう尋ねると、志朗さんは「その話なんですけど、今大丈夫ですか?」と逆に聞いてきた。そのとき、おれの袖を隣に座っている晴が引っ張って、不安そうな声を出した。

「あくつちゃん、なんかわるいことした?」

 あっ、と思わず声に出た。晴がいることを忘れていた。正直、晴の前で阿久津さんのヘビーな話はしたくない。知った方がいいことなのだとしても、飲み込みやすいように噛み砕いてというか、あれこれ抜いてというか、そういう情報操作が今は必要だと思う……。

「すいません、今ちょっと……」

「ですよね。えーと、キミ名前何じゃったっけ」

「ふみさかはるです!」

「ありがとう、晴くんね。黒木くーん、今いい?」

 晴は今日も白い厚手のワンピースを着て長い髪を垂らしているが、目が見えないからか、志朗さんは晴を女の子だと誤認しない。ドアを開けて顔を出した黒木さんに、「ちょっとこの子と向こうの部屋で遊んでて」と雑な指示をして晴を託そうとする。その時またクローゼットの中で、何かがバタバタと音をたてた。

「困ったな〜。黒木くん、虫も殺せないような人なんですけどね」

 志朗さんはソファに座ったまま後ろを向き、作り付けのクローゼットに向かってよく通る声で「動くな」と言った。

 その途端、音がぴたりと止んだ。

「これでちょっとは保つでしょ」

「はぁ」

 幸い晴は「大人同士の話するから」と言うと、「つまんないやつだ!」と応じて、素直に黒木さんと部屋を出ていってくれた。黒木さんのことはたぶん「モビルスーツみたいでかっこいい」などと思っているのだろう。

 ドアが閉まると、志朗さんはおれの方に向き直り、「そうは言っても、要点はさっき喋っちゃったんですけどね」と言った。

「えーと、阿久津さんが志朗さんを呪って、その呪いを返されて死んだってことですか……?」

「それです。文坂さん、妙に飲み込みがええなぁ。何か心当たりでもありました?」

 口には出さなかったが、おれは変死していた霊能者二人と、ケージが並んでいた部屋の異様な空気のことを、ほぼ同時に思い出していた。阿久津さんは「私にだって得意なことあるんだよ」とおれに言ったことがあった。それは人助けなんかにはならなくて、でも得意なことなんだと――。

 志朗さんはそれ以上突っ込んで来ず、話を続ける。

「阿久津さんですが、今日飛び込みでここにいらしてね、文坂聖の依頼を受けろっていきなり食い気味に言うもんで、面食らいましたよ」

 阿久津さん、おれたちのためにここに来ていたのか。うっすら予想はしていたけど、やっぱり断言されるとドキッとする。

「もちろんボクでは無理だって断ったんですけどね。そしたら彼女、怖い声で『後悔しますよ』って言って帰られました。その後、よそで何かやったんでしょうねぇ……呪い自体はどういうもんか知りませんけど、動物の死骸でも使うもんじゃないですかね」

「あの……阿久津さんは何で、そんなことして回ったんですかね?」

 おれが聞くと、志朗さんは「知らんなぁ」と吐き捨てるように言った。

「彼女もう死んでますからね。ただボクは実際文坂さんたちを呼び出す羽目になっとるしなぁ。実際こうやって死ぬのが目的だったんじゃないですか?」

 どういうことですか、と尋ねる前に、クローゼットの方からコンコンとノックのような音がした。「まじかぁ」と志朗さんが呟いた。

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